うつ病を速やかに治す抗うつ薬。必要性を理解していても
  尽きない、服薬への不安……      

  うつ病の治療には「静養」と「薬物療法」の2つが、まずは必要です。
 静かな環境で心身を休ませるために家庭や職場・労働の環境を整えながら、病院で医師による診断を受け、処方箋をもらい薬を飲み始めれば、うつ病は治っていく――と、頭ではわかっているものの、胃腸薬や頭痛薬のように過去に飲んだ経験がなく、知識もなければ、抗うつ薬を口にする前は不安になって当然です。また脳の神経に効く薬と知るほどに、本人もそばで支える家族も副作用が心配になってきます。
 仕事はもちろん、家事もせず、情報にもまったく触れることなく毎日ひたすら寝ていれば、うつは数カ月で消えてなくなる病気といわれます。ただし、それは現代社会ではまったくの不可能事。であるならやはり薬を服用する必然があるでしょう。
 うつ病だけでも心配は尽きないのに、なおかつ薬への不安。さらにはうつ病が長期化し、抗うつ薬に対する疑問を募らせる人にもそれを解消すべく、横浜ストレスケアクリニック院長の後藤健一先生が語ります。                            

第1回 正しく治療、きちんとコントロールしていい状態を保てば、うつは怖い病気ではない

医学の診断基準で 「大うつ病性障害」 と呼ぶ、「うつ病」 の有病率からお話をしていきましょう。
 世界の研究調査では一生のうちで1回以上うつ病になる頻度は、最も高い数字で17・1%、うつ病は6人に1人の割合でなる病気となっています。国内では長崎・岡山・鹿児島の各市における調査で、生涯有病率6・5%、全体の15%を数えています。1990年代後半に自殺が急増、近年は毎年3万人を超えて交通事故死亡者を上回る状況にあります。バブル崩壊後の失業率上昇のグラフとほぼ同じ形を示したことが問題となり、厚生労働省を中心に自殺予防の研究に力を入れています。人口10万に対する世界と日本の自殺率を比べたとき、先進国では日本が圧倒的に高い数字を示しており、その7割以上にうつ病の診断がついただろうと言われています。

 うつ状態を呈した場合、1番目に受診する診療科については精神科や心療内科という人はむしろ少なく、内科が圧倒的に多くなっています。初めは身体的な症状で気づくことが多いので、“これは何だろう?” と、とりあえず内科の病院にかかるわけです。しかし受診する人はまだいい方で、放っておいたままどんどん悪化させてしまう人もいます。2008年4月からは病院のどの科へ行っても、医師が「これは精神科的なもの」 と判断した場合は、患者さんに精神科や神経科を紹介するシステムになっています。どの科でも構わないので、とにかく病院で受診することです。うつはポピュラーな病気で、身近な所に必ず患者さんがいるはずです。本人や家族だけでなく、企業勤めの方や一般の人もうつ病と治療の必要性をよく知ることが大切ですし、我々も啓蒙活動を続けていくことが大事であると考えています。

 「うつは心の風邪」 の言い方がよくされます。風邪の症状はウイルスに対する体の免疫反応で起こります。うつ病についても過大なストレスに対する “これ以上頑張ったら壊れてしまうよ” という心身の赤信号、心の免疫反応であるとの考え方はできるでしょう。ただし、うつ病やうつ治療とのつきあいは風邪のようにはいきません。もう少ししっかりつきあっていく必要があります。うつにかかった人が将来どのような経過をたどっていくのかという研究は世界の脳分野でなされていますけれども、あまり楽観視できるものではありません。必ず治る病気ですけれども再発も多く、むしろ「心の気管支ぜんそく」の心積もりでつきあう。場合によっては自殺や死に至る病であるとの捉え方も必要です。しかし、より重要恐れるばかりではなく、うつについて正しく知り、きちんとコントロールしていい状態を保つことです。“決して怖い病気ではない” ということも知っておいてほしいと思います。

第2回 結婚・昇進・引越し……おめでたい出来事も、うつ病のきっかけに

 次にうつ病の発病状況因、きっかけを見ていきます。
 一定の素因や特徴、病前性格を持った人にある状況が加わったとき、うつ病は生じます。まずは “体のダメージ”。病気やケガをきっかけに気持ちが沈んでいく。本人だけでなく身内の病気に反応してうつになる人もいます。“失うことの虚しさ”。子どもが就職や結婚で家から出て行く、あるいは更年期、退職や失業で仕事から離れたのをきっかけにうつ病になることがあります。別離体験として家族や友人の死、失恋もないわけではありません。これはいわゆる病気と区別する考え方もありますが、失恋をきっかけにうつ病と変わらない状態になる人がいます。
方もありますが、失恋をきっかけにうつ病と変わらない状態になる人がいます。
 “環境変化に対するプレッシャー”。結婚や出産はおめでたいことなんですけれども、これもストレスの1つに変わりはなく、うつになる人がいます。就職や転勤や昇進で状況が変わり、今までの秩序が新しいものになるのをきっかけに発症することがありえます。

 うつ病の症状には身体的なものと精神的なものがあります。寝つきが悪くなる、夜中に時々起きるようになったり、一度目が覚めるとそれきり眠れないといった睡眠障害。食欲がなくなる、おいしいと感じない、味覚がわからなくなることもあります。性欲の減退、性機能の障害が現れる場合もあります。疲れやすい、だるいのはほとんどの人が経験することで、体のあちこちが痛む、便秘などの自律神経症状が出ることもあります。
 精神的な症状では気持ちが暗く沈んで滅入ってしまう、気分の抑うつがあります。悲しいような寂しいような気分、つらい気分が続くと、思考にも影響が現れて考えがまとまらない、集中できない、判断力や決断力が鈍ってしまいます。興味や関心が低下して、意欲やそれまで興味を持ってやっていた趣味にも気持ちが向かなくなる、不安感や焦燥感も現れます。
 身体的症状の方が概して多く、睡眠障害はかなりの割合で患者さんに起こります。疲れやすい、食欲がない、頭重感や頭痛、消化器官に影響が出た場合は体重が減ってきたりもします。
 うつにはなりやすい病前性格、親和性のある性格があり、几帳面・完全主義・真正直・頑張り屋・自分の中に閉じこもる人がうつ病には多くなっています。下田光造先生がうつ病と親和性のある性質を「執着気質」 と名付けて、その特徴を 「几帳面で仕事熱心、過剰に規範的で秩序を愛して配慮的」 としました。要は真面目でとことん頑張る人で何事にも手を抜けない、周りへの気配りがあって、いい性格の人がうつ病になりやすいということで、「気持ちが弱い」「怠けている」 と言われることがあると思いますけれども、それとは正反対なことがわかります。あまり減点主義にならない、つらいときには周りの人に相談したり、仕事を頼むことができると比較的ラクになるものです。

第3回 性格や気の弱さ、怠けなどとはまったく異なる、うつは脳の病と認識して治療にあたる

 うつ病を見分けるときはスクリーニングを行います。専門の精神科医でなくても、目印となる症状が並ぶ「2項目質問紙法」を使えば、例えば内科医でも見分けることができます。まずは気持ちが沈む、悲しい、淋しい、落ち込むなどの@抑うつ気分。もう1つは意欲や興味が落ちて楽しめなくなってしまうA興味や喜びの喪失。この両方があるなら、高い割合でうつ病と言っていいでしょう。その場合、続く7項目についての確認をしていきます。
 B食欲の減退、あるいは増加。C眠れなくなる、過眠になっている。過食と仮眠の2つの傾向のあるうつ病は「非定型うつ病」との診断項目があります。D気分の変動制、焦燥感や体が動かなくなってしまう。E疲れやすい、気力が減退する、F自責感や罪責感が強くなっている。G思考力と集中力の低下、場合によってはF希死念慮が起こる。これら目印は昔からあるもので、今は米国精神医学会の「DSM―W」という診断基準があり、ここでの大きな2項目は@抑うつ気分とA興味または喜びの喪失で、それに付随する7項目から5つ以上の症状がほぼ終日あり、それが2週間持続していれば大うつ病の診断になります。

 うつ病のとき、頭の中でどんなことが起こっているのか。つまり、うつ病の原因については現在の精神医学でもはっきりと証明されているわけではなく、いくつかの仮説があります。1つが「セロトニン仮説」で、神経細胞と神経細胞の間隙にシナプスという神経を伝達する場所があり、そこでの情報伝達機能が障害されていると見る仮説です。セロトニンという伝達物質は分泌されて受容体にくっつくわけですが、受容体の数や機能が後進した影響でフィードバックがかかり、前の神経細胞からセロトニンが分泌されなくなる、あるいは少なくなり、伝達機能が低下するものです。ノルアドレナリン仮説も同じような内容で、ノルアドレナリン伝達物質が活発に機能しなくなることで神経系の働きがダウンして、うつ病になるというものです。

 細かいことを覚える必要はもちろんありません。うつ病とは脳内のシナプスという神経伝達の場所、その機能に障害が生じる生物学的な病気、脳の病気であると知っておいてもらいたいのです。本人の性格や心の弱さ、怠け、気持ちの問題では一切ありません。腎臓や肝臓などの臓器と同じレベルで、脳という臓器の一時的な機能障害の病気であるという捉え方が必要です。精神の活動、体の機能にも命令を与える脳がうまく働いてくれなければ、体中の動きが悪くなり、ブレーキがかかったような状態になります。頭も体も働かなくなって、頑張ろうとしても頑張れない状態にあるのがうつの病態です。脳の病気という理解を持って本人は治療に専念する、生物医学的な治療をしっかり続けていく。家族や周囲の人も同様の理解を持ち、ヘルプする。特に職場の上司や同僚がうつという病気について知り、治療や復職に協力してもらうことが重要です。

 ここで職業人のうつ病の発症から治療、回復、あるいは再発のモデルを見てみましょう。
 職場でのストレッサーにはさまざまなものがあります。仕事の量的な問題、要求度、人間関係、問題のある上司が多いことも臨床を行いながら常に感じます。十分な指導や教育はせずに怒ってばかりの上司は、下で働く者にとっては大きなストレスになります。ならば職場を離れたらどうかというと、家に帰ってもストレスがある場合が結構あります。逆に上司や同僚がかばってくれる、協力的に振舞ってくれたりして職場が緩衝要因になる場合もあります。これら環境的な要因に個人的要因、能力的なものや病前性格、年齢、性別などとの兼ね合いで強制ストレス反応や心理的、生理的なものが体や精神に現れる。アルコールに逃げるなどの行動に出る。さらに発症のしやすさ、生物学的な要因がその人に備わっている場合、うつ病が発症するのです。

 うつ病は療養と服薬で治し、仕事に復帰していきます。しかし、職場でまた同じようなストレスに遭うと元に戻ってしまう、再発が繰り返されることもないわけではありません。この循環をきちんと捉えたうえで、やはり職場の管理職の人たちがメンタルヘルスに対する理解を深めることが肝心です。
 我々が外来の患者さんに病気や治療の説明をするときは、以下のように語っています。「うつは治る病気です」 「病気であることを理解しましょう」 「病気だからこそ、治療すればちゃんと治ります」「休養と薬物療法が治療の2本柱です」 「まずは十分な休養が必要。ゆっくり休みましょう」 「社会復帰ができることを理解しましょう」 「きちんと治してから動き出して、社会に復帰しましょう」「良くなるまでは大きな決断をしないように。大きな人生の変更は先延ばしにしましょう。それらは元気になってからにしましょう」。さらには 「自殺や自傷行為をしてはいけません。約束してください」と言えば、多少でも患者さんの歯止めになります。

 同じ説明は家族にも行います。先の言葉に加えて 「態度はそれほど変えずに、今までどおり自然に生活していきましょう」 「励ましや “頑張れ” という気持ちは禁物です」「干渉はしないようにしましょう」 「“温かい無視 ”という言い方もあります。あまり本人に近づきすぎず、遠巻きに見守る感じがいいでしょう」 「考えや決断を求めることはしないでください。重要な決断は先延ばしにしましょう」「本人が外に出たいという気持ちが自然に湧き起こってくるまでは、あまりああしろ、こうしろと勧めずに休ませてあげましょう」。主婦も当然、うつ病になるわけですから「日常の負担は減らしてあげてください」 と夫に家事協力を勧める場合もあります。

                                          

第4回 それぞれに名前の付くうつ病。そこから見える発症の原因

 うつ病はうつ病性障害と双極性障害の2つと、その他に分かれます。うつ病性障害はうつ病のみの場合と、うつ状態と躁状態がある双極性障害、いわゆる躁うつ病で双極T型とU型があります。T型は激しい躁状態があるもので興奮したり、大暴れする人もいます。U型は気分は爽快、ちょっと抑制が外れて飲酒したような感じになったり、お金を使い過ぎたり、イライラして攻撃的になるといった軽い躁状態を含む双極性障害です。これら以外に身体的な病気によるもの、薬によるもの、原因が特定不能なうつ病もあります。

 うつ状態を分類するときは正常で健康なうつであるのか、診断基準を満たすようなうつ病であるのかをまずは鑑別する必要があります。嫌なことがあって憂鬱な気分になる、やる気をなくすことはあっても、テレビを見れば楽しい気分になる、大声で笑える、友達と一緒に遊びに出掛けられるうちは正常・健康なうつでしょう。それ以外のうつで軽い躁状態や躁状態がなければ大うつ病、含んでいれば躁うつ病になります。ここで大切なのはうつ病と躁うつ病では治療がまったく異なることです。うつの症状と躁状態の症状を併せ持った混合状態もあるので十分に注意しなければいけません。
 うつ病の治療中に以下の症状があるかどうかで、軽躁状態の有無は見分けられます。気分が高揚してテンションが高い感じがある。しゃべり過ぎたり、活動しすぎている。自信に溢れて言うことが誇大な感じになっている。人に対して過度に慣れ慣れしい。異性にベタベタしすぎる人もなかにはいます。金遣いが粗くなっていろんなモノを買ってしまう。場合によってはちょっとイライラしたり、攻撃的になる。睡眠状態が1、2時間と短く、眠らなくても平気で動いている。次々と新しいアイデアが浮かんでくる。軽躁状態は本人にとっては爽快で病的と感じることはまずありません。ですから周りの人が気づいて主治医に相談するのが大切です。

 うつ病には特殊な名前が付くものもあります。「空の巣症候群」 は子どもが就職したり、結婚して巣立っていった後に親がなるうつ状態です。真面目で責任感が強い人がなりやすいのが「燃え尽き症候群」で、とことん頑張り抜いて限界まで行ってしまったある日、気づいたら動けなくなってしまうもの。「昇進うつ病」 はめでたい昇進と同時に責任は重くなり、上司と部下の板挟みでストレスを受けやすい立場に置かれて発症するうつ病。「微笑うつ病」 は表向きは何があっても平気な顔で仕事をしているけれども、心の中はボロボロになっている状態。「引っ越しうつ病」 は転居をきっかけに発病するうつ。平日はなんとか仕事をこなせても、週末はグッタリして何もできない 「週末うつ病」。「スチューデントアパシー」 はちょっと別ものかもしれませんが、学生の無気力状態です。大学に見事に合格したけれども、目標ややる気を失ってしまう。五月病がこれに当てはまるのかもしれません。
 女性には 「マタニティブルー・産後うつ」 もうつ病発症のきっかけになります。初老期に始まる 「老年期うつ病」。先にお話した 「非定型うつ病」 は過眠、過食、気分の変動性があるもの。「ラビッドサイクラー」は1カ月周期、またはもっと細かい周期で躁とうつを繰り返す、躁うつ病の周期性の激しいもの。「反復性短期うつ病障害」 はそのうつ病版で、躁状態はないけれども、うつと正常な状態を週単位で反復します。うつ病の診断基準は満たさないまでも、不安や抑うつ、不全感を常に抱える 「混合性不安抑うつ性障害」 もあります。

 最近、うつ病の多様性が話題になっています。几帳面、仕事熱心、過剰に規範的で執着気質、他者配慮的を気質的な特徴とする、従来の 「メランコリー型うつ病」 に対して、軽症のうつ病が2年間以上慢性的に続く 「ディスチミア親和性」 は規範に閉じ込められることを嫌い、仕事熱心な時期が見られないまま常態的にやる気のなさを訴えるうつ病です。メランコリー型うつ病の本質には “自責” がありますけれども、ディスチミア親和性は他罰的で自己愛型、「あの人のせいで私はこうなった」 という言い方をします。従来型の憂鬱や悲哀という精神症状とは違い、ぼんやりとした不全感と倦怠感で物事を回避していく傾向があります。

・第5回 若年層に見られる新型のうつ。原因も治療方法も過去とは異なる

 うつ病の発症は、以前は団塊世代以上の年代が多くなっていましたが、最近は若年層の「ディスチミア親和性」の発症が多く見られます。あまりに頑張りすぎて気づいたときには動けなくなっているうつ病ではなく、身体的な不調を敏感にキャッチしてしまい、“病気ではないのか?”と過敏なほどに、むしろ自分から疑ってかかる。静養と薬療法で寛解していく従来の生物学的なうつ病に対して、このタイプはそれだけでは対応が難しく、場合によっては叱咤激励したり、リハビリを中心に据えることが必要になるのではないかと考えられています。

 戦中戦後を通して存在した勤勉実直、他者のための奉仕といった社会的な規範は、60年代以降に生まれて、70年代の消費文化で育った年代の人たちには内面的な受け入れが困難だったのではないかと考えられます。そして現代には勤勉であるなしに関わらず、異常なほどの多忙に身を置かざるを得ない状況があります。「帰宅は毎日終電。週末の休みも出勤して働いてきました」と話す患者さんが大勢います。うつ病の啓発促進や認知の広まりは、もしかすると若年層の自らの不全感の逃げ場としての、うつ状態の容易な選択という結果を招いているのかもしれません。しかしこれも病気には違いはない部分があり、きちんと治療しなければいけないものです。ただ対処の仕方でちょっと違う部分があるかもしれないと精神医学界で話題になり、研究の対象になっています。

・第6回 静養と薬物療法、リハビリから生活・職場へ復帰

 ここからはうつ病の治療と薬の話に入ります。
 基本は静養と薬物療法の2つになります。静養のために環境を調整したり、家族や職場にさまざまなお願いをして、薬物療法を支えるための精神療法での話し合いをしながら治療を進めます。ある程度の改善ができたら初めてリハビリをして、元の自分に戻る、元の職場に帰っていくという過程が取られます。

 うつ病の急性期治療の経過を見てみましょう。発症から悪化して治療を開始、症状が半分以上改善したところを「反応」、ほとんど元に戻ると「寛解状態」、それが3カ月から6カ月続くといわゆる「回復」の言い方をします。しかし、これも完全な治癒とは違いますので、できるだけ継続療法・維持療法、つまり薬物療法を続けていきます。それに平行して反応が見えた頃から体力が落ちすぎないように、少しずつリハビリテーションを始めて、寛解に入ったらリハビリをさらに本格的して元に戻っていく経過をたどります。リハビリテーションの初めは静養期で、とにかくゆっくり休みます。少しラクになってきたら初期リハビリ期として、体力があまりに落ちすぎない、生活リズムがあまり乱れすぎないようにしながらも、やはりゆっくり、のんびり生活します。中期以降のほとんど寛解に近い状態になったら、体力や生活リズムを元に戻して自己管理の習慣をつけます。後期には復職を考え、実践的なリハビリをしていきます。最後は円滑な復帰のために職場と話し合いを行う時期を経て、職場に戻ります。

 薬物療法の中心になるのは抗うつ薬です。種類はさまざまありますが、いずれも鈍ってしまった神経系の伝達機能障害を取り戻し、回復させる役割を果たします。1950年代に開発されたのが三環系抗うつ薬で、今も使われる典型的なうつ病の薬です。効果については古い薬も新しい薬もほとんど変わりありません。古くてもよく効きますし、新しいものが抜群に良くなっているわけでもありません。ただし、副作用の発現率が新しい薬には少なく、そこでの使い分けはします。三環系は口が渇く、尿が出にくくなる、便秘傾向がある、動悸や立ちくらみが出る、手の震え、過鎮静で動きが鈍くなったり、強い眠気にボーッとしてしまうこともあります。これらの抗コリン作用はセロトニンやノルアドレナリンだけではなく、他のさまざまな伝達物質にも影響を与えるので、それを少なくするために四環系抗うつ薬が開発され、現在はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤 )やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)の2つが中心になっています。

     抗うつ薬の分類
   分   類   一般名 発売年   主な商品名    副作用
第一
世代
    
 三環系
 抗うつ薬
イミプラミン 1959  トフラニール      抗コリン作用
 ・口渇
 ・尿閉
 ・便秘
アミトリプチリン 1961  トリプタノール
トリミプラミン 1965  スルモンチール
ノルトリプチリン 1965  ノリトレン
クロミプラミン 1973  アナフラニール
第ニ
世代
アモキサピン 1980  アモキサン  心循環系作用
 ・心伝導障害
 ・起立性低血圧
ロフェプラミン 1981  アンプリット
ドスレピン 1985  プロチアデン
 四環系
 抗うつ薬
マプロチリン 1981  ルジオミール  その他
 ・振戦
 ・鎮静
ミアンセリン 1983  テトラミド
セチプチリン 1989  テシプール
 その他 トラゾドン 1991  レスリン
第三
世代
 SSRI フルボキサミン 1999  ルボックス
 デプロメール
 消化器症状
パロキセチン 2000  パキシル
セルトラリン 2006  ジェイゾロフト
第四
世代
 SNRI ミルナシプラン 2000  トレドミン  排尿障害

                                          

・第7回 良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、軽くなっていくうつ症状

 以上の4つが日本で発売される抗うつ薬で、どれも副作用は非常に少ないものです。
 1つだけやや問題なのが、服用の初期にむかつきや軽い吐き気といった消化管の症状が発現することです。10日から2週間で慣れてくるほど普通に戻りますけれども、1割から2割の人にこの症状が場合があります。SNRIのミルナシプラン「トレドミン」に尿が出にくくなる、ちょっとした動機が出る人もなかにはいます。

 フローチャートで治療の手段を規格的に作成した、アルゴリズムがあります。これによって確立した治療が行え、若い医師から20年のベテラン医師といった治療者による格差もなく、大きな違いは起こらないメリットがあります。最初はSSRIとSNRIが選択されており、場合によっては不安やイライラを取り除くために安定剤のベンゾジアジピンを併用する場合があります。そこでの有効・無効を見て、有効であれば治療をそのまま継続していき、無効であれば他の抗うつ薬に切り替えたり、別の種類の薬を併用していきます。躁うつ病に使うリチウムの「リーマス」を抗うつ薬と一緒に使って効果を増強する治療もあります。
 重症患者のアルゴリズムもほぼ似た経過をたどっていきますが、焦燥感が強くて一時もジッとしていられない、自殺してしまうのではないかと思える患者には電気けいれん療法を行います。頭に通電するというと、危ない治療のように聞こえますけれども、麻酔科が同席して麻酔をかけた状態で筋弛緩薬を使い、けいれんのない状態で行うので薬の治療よりもむしろ安全と言われますし、かなりの結果を期待できます。初めからこれを選択する人は稀で、治療を非常に急いでいる、薬による治療でうまくいかない、副作用ばかりが現れる場合などに用います。リチウムや場合によっては甲状腺ホルモンを使ったり、いろいろな治療を組み合わせるなどのさまざまな増強療法が行われます。

 うつ病の症状がどういう順序でなくなっていくかというと、まずは不安やイライラ、憂鬱な気分が取れてラクになります。億劫感がなくなり、活動的になってきます。意欲や興味が戻ってくるのは割と後のことですが、最終的に生きがいを取り戻したり、たくさんのことが楽しめるようになります。もちろん全員がこの順序で良くなるわけではありませんが、症状の取れ方には段階があるということです。
 うつ病は良くなったり、悪くなったりを繰り返しながら、徐々に症状が軽くなっていきます。「三寒四温的な経過」という言い方もあります。「だんだん良くなってきたのに、今日はまた調子が悪い」「今週に入ってからどうもダメだ」ということがあっても、すぐに持ち直すこともありえますのであまり慌てず、ある程度の経過が必要と考えましょう。  


・第8回 薬は少量から始めて、副作用を確かめながら増量していく

 ほとんどの抗うつ薬は飲み始めて2週間から3週間経たないと効果が現れません。飲めばその場で元気になるような効き方はしないのです。「飲んでみたけれども、何も変わらないので止めてしまいました」と言う患者さんが多くいますけれども、規則的に飲むことです。効くには時間がかかるけれども、副作用は割と早めに発現します。本当に困るような副作用があれば、医師に相談してください。いずれにしても副作用はすべての人に出るわけではないので、それほど怖がる必要はありません。
 抗うつ薬は少量から開始して、副作用がないのを確かめたら効果が見られるまで、少しずつ増量していく使い方をします。もちろん高齢者にはより少量になります。内科の治療薬は初めは大量に、徐々に減らしていくものですが、うつ病は薬の種類によってさまざまな増減方法があります。元気になってからも維持療法、再発予防療法を長く続けていくのが最近の主流で、多くの医師は「1年くらいは続けましょう」と言ってくると思います。世界の先駆的な治療者の間では「2年ぐらいが適当」とされています。寛解状態が長期間になったら減薬をスタートして、少しずつゼロに持っていきます。薬には再発予防効果もあります。うつ病をよく理解していない会社の上司や管理職は「薬をやめていないのに仕事に戻れるのか?」と聞いてきますが、それは大間違いで職場に戻って普通に仕事をしながら、再発予防のために治療を続けるのです。就労が1年、さらに1年と安定して続けられたときに初めて、薬の減量していくのが本来の治療のやり方です。

 主流のSSRIにはいくつかの注意点があります。SSRIはセロトニンという神経伝達物質によく効きますが、個々の機能を高めすぎることで「セロトニン症候群」が起こる場合があります。興奮したり、軽い躁状態に近くなる、筋肉がピクピク動く、寒さや震えが非常に稀ですけれども、起こることは頭の隅に置いておいてください。「中断症候群」はSSRIを飲むのを急にやめたときに割と起こるもので、体がズーンと沈むような感じがした、体の一部がビッとしびれで痛かった、グランと傾いた感じになった、ふらついて立っていられなくなったなど患者さんによってさまざまな言い方をする症状が起こる場合があります。薬をなくさない注意と、やめるときは少しずつを守ってもらえれば症候群はなく、やめられます。「アジテーションシンドローム」はSSRIを使っているときに焦燥感が高まって落ちつかない状態になるものです。これが若年者の自殺率の上昇につながっているとメディアで話題になりましたが、今のところデータとして確かなものはありません。従来の薬と比べてもそれほど危険なものではなく、医者と相談しながら使えばむしろ、効果としての自殺の予防の方があり得ます。24歳以下には注意して投与しなければならないという決まりができましたが、中高年以上の使用では問題はまったくありません。

 気分安定薬は躁うつ病の治療薬です。診断により治療が異なるのがこの部分で、うつ病の場合は抗うつ薬が、双極性障害は気分安定薬が中心になります。広く用いられているのが炭酸リチウムのリーマス、カルバマゼピンのテグレトール、テレスミン、バルプロ酸、バレリン、デバケンといった薬です。これらが躁とうつの波を緩やかに、振幅は短く、さらになだらかにして落ち着かせる、躁うつの病相を予防する働きをします。

・第9回 うつを多次元的に捉えるバイオサイコソーシャルモデル

 うつ病にも多次元的な捉え方があります。生物学的な次元、心理学的な次元、社会的な次元からの理解をするのがバイオサイコソーシャルモデルで、それぞれに照準を合わせた治療があります。生物学的な治療は薬物、光を当てる療法、電気けいれん療法、心理学的な段階では精神療法、認知療法、カウンセリングなどがあります。認知療法は薬物以外のうつ病の治療法で、うつや不安になりやすい人は善か悪、白か黒かという極端な物事の受け止め方や、1つがダメだと全部ダメという極端な考え方をしたり、1回失敗するとずっと同じことが続くのではないかという認知の歪みやバランスの悪さがあります。認知療法はこれらに自分で気づき、自分で修正していけるように練習するもので、回復にとても役立ちます。

 社会的な次元は「適応的退行」としての職場調整や家族調整、啓蒙活動が必要です。発病と再発を予防するためにストレスを和らげていく、ストレスの素を減らす、なくしていくために工夫することです。仕事を断る、上手に人に頼む、その辺の技も学びます。今あるストレッサーは仕方がないものとして、それ自体をうまくかわしていく。考え方や受け止め方を変えて、気持ちの切り替えをしていく、いろいろな人に相談をしてアドバイスをもらうのも有効です。
 人間の自尊的な次元としては「創造的退行」があります。時には気晴らしが大切ということです。遊ぶ、飲む、歌う、踊る、スポーツをする、ゲームを楽しみます。ただし、これらはやりすぎるとそれ自体が全部病気になるものですので適度にうまく、それが「適応的」ということです。時には芸術に親しみ、創造する行為は自分を防衛するうえで強い力になります。普段からこの次元の治療、リハビリ、考え方を持つことがポイントです。 〔この項、続く〕

                                          


後藤 健一先生
横浜ストレスケアクリニック院長

1987年3月 横浜市立大学医学部卒業
     6月 横浜市立大学医学部付属病院 臨床研修医
1989年6月 ワシン坂病院精神科
1993年6月 横浜市立大学医学部精神医学講座助手
1998年4月 国家公務員共済組合連合会横浜南共済病院神経科部長
2007年3月 現職


横浜ストレスケアクリニック
心療内科・神経科・精神科・精神科ショートケア(復職支援ショートケア)

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電 話  045-479-6115
診療時間 月〜金曜 9時30分〜13時
              15時30分〜20時
       土曜 9時30分〜13時
休 診  日曜(祝日・振替休日は診療)
HP:
http://www.largo-yokohama.com/ 

(この記事はうつの家族の会「みなと」(代表 砂田くにえさん)のご理解とご協力により、2008年7月12日に行われた講演会を採録、一部に加筆・修正を加えたものです。ページ内の先生の写真は、砂田康雄さんによる撮影・提供です。ここに感謝いたします)

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