
・ 自然の森が持つ癒しの力を、メンタルに活かす
職場で、学校で心痛む出来事が……。街を歩いても、電車や車に乗っていても周りの人がとても大きく、自分だけが小さく感じられてしまう。自信はまったく失せて、ただひたすら落ち込んでいく。
そんなとき、ふと目に入った道端に咲く小さな花が、私たちを励ましてくれることがあります。1本の木がつくる緑陰に心休まるときもあります。花や木が私たちに言葉を掛けてくることはもちろんありません。それでもどんなに飾ったひと言よりも確かに、自然は私たちの心にやすらぎのメッセージを届けてくれます。
“今度の週末は緑がいっぱいの自然の中へ行ってみようかな”
そう思えただけで、暗い気分が少し明るく変わるようです。
「森林浴」
という言葉は聞いたことがあるでしょう。「森の中で時間を過ごし、森林からパワーをもらって心身ともに元気になる」
健康法の1つです。森林にはフィトンチッドという揮発性芳香物質がたくさんあります。フィトンチッドは健康を増進するだけでなく、ストレスに関係するコルチゾールというホルモンや交感神経を調整する、リンパ球を活性化する効果もあります。五感を通して心地よい刺激を受ける、森林ではコミュニケーション能力が上がることも報告されています。
うつなどでメンタルが落ちている日は歩くのはもちろん、外に出ることさえも難しいことがあります。そんなときに有効なのが
「森林療法」
です。これは医療や福祉、教育、レクリエーションなどを目的として森林を歩くもので、基本はゆっくり、体力的な無理も一切ありません。
赤坂溜池クリニック・降矢英成先生の案内で、「森林療法」
を体験してきました。現場レポートと降矢先生のお話をお届けします。
・日本発の森林療法って、なに?
――森林療法とはなんですか?
降矢先生 森林の環境を使って健康増進、あるいは何らかの目的の治療的な意味合いで行うものです。そこには運動療法や作業療法もあります。療育的に福祉の方のコミュニケーションのための場所としても森林を使うなど幅はとても広いものです。私たちが進めているのは「森林でのストレスケアの療法」
になります。ストレスを緩和していくための1方法ということですね。
――ベースに森林浴効果を持ちながら、だれもが持っているストレスをなるべく小さくする療法ですね。森林療法の具体的な効果とは?
降矢先生 五感全体への効果、心に落ち着きが出てくる、自律神経が改善されることなどがわかっています。これは文学的で言い過ぎてはいけないんですけれども、もともと森に住んでいた人間にとってDNA的に落ち着く、癒されることは理屈ではなく、必ずあると思います。これらが合わさった効果が得られます。
――欧米ではおなじみのようですね。
降矢先生 ドイツでは保険医療として3年に1回、約2週間の療養が認められていて、各地に森林保養地が指定されています。クナイプ療法と呼ばれる総合的な自然療法の重要な柱として、専門の医師と療法士の指導のもとに森林が活用されています。スイスには健康増進のためのエクササイズをして歩き回る「ビタパルコース」
が約500ヵ所あります。イギリスでも心臓病予防のための「健康トレイル」というロードが、田園庁の援助で整備されています。ただし、欧米にあるのは「森林リクリエーション」
で 「森林療法」 という言葉はありません。「森林療法 (フォレストセラピー)」
は私たちが一緒にやらせていただいている、NPO法人日本森林療法協会の上原巌先生が初めに使い始めた言葉です。海外では森林の中で気功をやることはないので、もしかしたら日本の方が進んでいるのかもしれません。今は海外でも注目されています。
――日本発なんですね。
降矢先生 そうなんです。普段から森を歩き回ったり、気分転換にちょっと森に入るのを習慣にしている欧米人は療法の感覚は持ちません。それはもっと森に親しんでいると言えるのかもしれません。日本人にはちょっと特殊な感じに受け取られて「療法」という言葉がピタッと当てはまったのだと思います。
――レクレーションとは楽しみ、娯楽。本来はリ・クリエーション。豊かな想像の場なんですよね。
降矢先生 欧米人はちょっとした悩みがあるときに当たり前のように森を散策します。例えばフランス・パリにはブローニュなどの森が、街に点在しています。ベートーベンも散策好きで、「交響曲第六番田園」はオーストリア・ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの森を散策しながら作曲したと言われています。
――海外の森には雰囲気のいいベンチが必ずあります。
降矢先生 あるんですよね〜。日本にはそういう場所がない。ですから 「療法」
という感覚になったと思うんです。
・メンタルが落ちている人には、心身ともに疲れを感じない 「やさしい森へ」
――森そのものが日本人に身近なものだったら、病気をイメージさせる 「療法」
も、遠い山を思い起こさせる 「森林」
という言葉も使わずに済んだのかもしれませんね。しかし、私たちの祖先も森の中にいたわけですから、自然から離れ過ぎている現代人がメンタルを下げてしまうのは当然かもしれません。
降矢先生 逆にそうでしょうね。地形の問題もあるんですよね。私もドイツに行って初めてわかったんですけれども、ヨーロッパは四方が丘なので森が普通に残るんです。土地も広大にあります。日本で言えば、北海道ですね。本州以下の日本の土地は山か平地で、平地の宅地化が進むほどに森や林は削られてしまった。森へ行くとなると、遠くまで足を伸ばすしかない。その違いもあるのでしょう。
――今は○○○ランド系の楽しさしか受け付けない人も普通にいます。チャンスを見ながら少しずつ参加を重ねていけば、だれもが変わっていけるものですか?
降矢先生 はい。そのような人はあまり内容が硬かったり、養生的にやりすぎると
「つまらない」
という話になるので、遊び的な要素をやや増やして、入りやすくしてあげるといいんです。人数がまとまって来てくれるとターゲットが絞りやすいんですけれども、混在しているときはなかなか難しいですね。
――そこにいる心身が1番弱っている人に、目を向けてもらえるものであってほしいです。
降矢先生 一般の人が 「すごいダイナミックだ」「壮大な風景だな〜」
と感じる森林が、自分自身にエネルギーがない人には意外なほどきつく感じられます。原生林には圧迫感がある、視界が大きく開ける森はやさしい森ではないわけです。風景が明るくて、木の感じがいい、足元が平坦、アップダウンがあまりない、心身ともに疲れを感じないところが、私たちが考えるやさしい森です。人数が多すぎたり、プログラム自体が「みんなでやるぞ〜」
といったアクティブ系ではなくて、「ゆっくりしましょう」
という感じのものであることは最も意識するところです。
――樹木の種類も大切そうですね。
降矢先生 広葉樹のブナ・コナラなどが多い森林ですね。スギ・ヒノキばかりの所は暗いというだけでふさわしくありません。一部はいいですけど、力強さに負けてしまい圧迫感やゆっくりできない感じを受けてしまう大木ばかりの森も対象外です。大木を「怖い」と感じる人もいます。あまり強そうな人が近くにいると、弱い人は退いてしまうのと一緒ですね。
――うつのときにはわかるような気がします。大木が怖いというのは、人として正常な感覚ともある意味思います。人気の高い屋久島などは?
降矢先生 私たちのプログラムにもあります。屋久島にはいい所がたくさんありますし、縄文杉は確かに素晴らしいけれ ども、ちょっと微妙なところがあります。往復8時間の山登りはややきついですし、そこを無理に連れていっても意味がありません。長いコースを歩かせない、割と短めでゆっくりできることに気をつけてコース設定をしています。世界遺産エリア、都心から2時間程度で行けるエリア、そして都内近郊でも開いています。うつの人は重くなるほど遠くまでは来られませんので、すみ分けはちょうどよくできています。
――森林そのものよりもむしろ、コース選択が大切であると?
降矢先生 一般の人がいいと思うことが、うつの人にもすべて同じとは限りません。軽めのうつの人は一緒に連れていって、ちょっと頑張ってもらうことで成果につながることがあります。その見極めを誤ると森林療法をやったことでかえって逆効果を招いたり、療法としては失敗に終わります。
――参加者は心も体もくたびれきってしまうでしょうからね。
降矢先生 そうですね。そこは本人に聞きながら進めていく。遠慮しがちな人は
「頑張ります」 みたいなことを言うので、そこは私たちが止めてあげることです。
・いよいよ森の中へ。だれにも簡単にできる気功を終えると、自然が一段と身近に
そろそろ森林療法のスタートです。
ここは神奈川県横浜市の「金沢自然観察の森」。京急線金沢八景駅からバスに乗ること20分。隣のエリアへちょっと移動の感覚で行けて、そこはまるで別世界の森林が一面に広がっています。前夜から朝にかけて降り続いた雨は「森林養生セラピー」が始まる午後1時にはすっかり上がり、薄日も差してきました。この日の森林療法は1日2部の構成で、午後の部はアロマテラピーを学んでいるという女性と私の2名が参加していました。
まずは体操。と言っても全員揃って
「イチ、ニ〜」
ではなく、1人ずつ思い思いに手足を伸ばしたり、曲げたりをするだけです。歩く前のコンディションづくりが目的ですが、むしろ精神の緊張をほぐし、リラックスしてスタートを切るためのエクササイズといえるものです。
上郷森の家から歩き始めて1分も経たないうちに、目の前に森が開けました。心が一瞬にして大きくなるのがわかります。雨をたっぷり含んだ土や木から立ち上る空気は、鼻に緑の鮮烈な匂いを運んできます。するとザワザワと楽しげな声が聞こえてきました。5月の連休に緑の中でバーベキューを楽しむ人たちです。自然と風、おいしい食事と笑顔。これも立派な「森林療法」
でしょう。にぎやかなのはその一画だけ。間もなく私たち3人は森の木々と静寂に包まれました。
ある木の前に来ると降矢先生は立ち止まり、話し始めました。言われたとおりにアキニレの葉を手でたぐり寄せると、真ん中を通る葉脈をはさんで1枚の葉が左右非対称をなしています。先生は細かい説明はしません。でも、わかります。葉の1枚ずつが異なる形状を持つアキニレが
“人間もみんな同じじゃない。1人ひとり違っている ”
と私たちに語っていることが……。
緑の広場に出ました。頭上がパッと開けると、気持ち良さが一段と増します。ここでは気功にチ ャレンジ。降矢先生の見本を真似て、手を上に向けて伸ばし、1から4までゆっくり数えながら深呼吸します。また数を繰り返しながら元に戻るのが
「天との交流」。繁る木々に向けて横へ手を伸ばす 「自然との交流」。土に向かって手を伸ばす
「大地との交流」。とても簡単で、すぐにできるものです。最後に自分のペースで各自で実践しました。動きはとにかくスローに、呼吸も長く深くするほど気持ちがゆったりしてきます。すべてを終えた後は森と自分の距離が一気に縮まった感じがしました。鳥のさえずりもさらに多く、より澄んで耳に入ってきます。
木々にさらに親しんだところで、森の奥へと入ります。説明とともにコナラやクヌギ、ケヤキの葉を手に取り、じっくり見るほどに自然の造形美がよくわかり、思わず感動します。今度はお気に入りの木を1本選び、触れ合いながらの呼吸法です。雑念はどんどん消えていき、森にいる自分が本当の自分と思えるようになってきました。頭を木の1点につけ、両手を広げてゆっくり呼吸を繰り返す「イナバウアー」
が特に心身に染みるようでした。全身を木にゆだねる感覚が、またも森と自分を深く結びつけてくれました。離れ際に心の中で
「ありがとうございました」と木に感謝して、私たちは歩を進めました。
・休むも動くも自由。自然療法の場でできた自己主張が、日常にも活きてくる
――全国の地方自治体が地元の森林を利用して 「ヘルスツーリズム」
を行っています。山歩きや森林浴も各地で盛んです。そこにメンタルが落ちた状態の人が加わる場合、引率者に慎重さが欠けると参加者から小さな自信ややる気を失うことにもなりかねません。
降矢先生 ですから、私たちがそれをつかまないといけないんですね。自己主張があまりできない人がいるとわかったら別のコースに変える。そのとき相手には
「私がダメだから……」と思われないようにします。
――何名で行うのですか?
降矢先生 多くて8名です。
――うつが重くなるほど、他人とのコミュニケーションが重く感じられます。
降矢先生 参加人数が20人もいて、それもたくましい人ばかりではね(笑)。多くて8人だと、そんなに気を使わないですね。
――コースの途中で1名がどうにも疲れてしまったとき、他の参加者の賛同を得てコースを変えることは?
降矢先生 変える場合と、いい意味で2つに分ける場合があります。屋久島では長い距離を歩く一般向けのコースと、ゆっくり歩ける短距離コースを設定しました。こちらには足の不自由な方と、50代の友人が参加していました。それぞれにスタッフが付いて
“ゆっくりめ”
が基本です。みなさんにはアドベンチャーでやるわけではないということを周知で来ていただいています。近郊のコースでも参加者の雰囲気を見て、途中で若干コースを短くするなどの対応はします。
――決められたコースを完走しなければならないと思うと精神的ストレスになります。臨機応変に緩くしてもらえると考えていいですね?
降矢先生 そうですね。「すいません?」
と自分からなかなか言えない人には私の方から
「今まではみんなでやってきましたけど、ここは休んでもいい所ですよ。ちょっと座って見ていますか?」と声掛けをします。やる、やらないをかなりチョイスする欧米人と違って、日本人は1回仲間に加わると
“みんなと一緒にやり遂げなければいけない” と思い込む特性が あります。相手から言われると 「あぁ、そうします」
となる。負けず嫌いだったり、努力しなければいけないという意識もお持ちなので、いつも私たちスタッフから振る、聞くことを意識しています。
――“本当はできるのになぁ”
と思われてしまってもいけない。専門家に勧めてもらうことで、本人もだんだんしゃべりやすくなるのでしょう。
降矢先生 はい。なおかつ “休んでもいい”
ということを参加者全員もわかる。次は自分から言えるようになる。森林療法の場で自己主張ができた。それが生活の場でも活きてくるんですね。そんなことも絡めて考えるのが療法としての、私たちの森林療法のこだわりです。
――なるほど、繊細なものですね。先導する降矢先生自身は森の中でも癒されることはなさそうです(笑)。
降矢先生 慣れていますから、意識したり気を使う感じはほとんどないですね。ホスピタリティやサービスは当たり前のものとして、自然に出てきます。私たちが疲れてしまったり、気を使っていたら参加者も自然にはできません。自然体をベースに、お互いが気を使い過ぎずにやっていくことを参加者には意識させてあげたいと思っています。
――先生の緊張が参加者にも伝わるようなことがあれば、確かに効果は半減するでしょう。日常の診療にも役立ったりするんですか?
降矢先生 日常でやっていることを森でもやっているだけです。もちろん1人のんびり森を歩くよりは多少負担はありますけど、旅行会社のツアーコンダクターのように気を使いすぎて疲れることはありません。気を使われた参加者はうれしいかもしれませんけど、どこかで
“〜〜しなければいけない”
になりかねませんし、それでは日々の生活も同じになってしまう。微妙に気を使わない。いい加減なのではなくて、森林療法ではみなさんにチョイスを促したり、自由でいいんだという空気感を出すことが大事です。
・軽度のうつの人はある程度の運動をした方がいい。その量を見極めるのが専門家の務め
――自然の中では自然体でいられる。日常生活で過剰なほどに気を使い、メンタルを壊した人には貴重な時間です。森林の中だからこそ、自然にできることが多そうですね。
降矢先生 多いです。森林療法、ホリスティック医学も自然体を1つのベースに置いています。自然にいるのに自然体でなかったら意味がありません。森林療法はその場で自然体を学べる、体験できるものにしたいんですね。
――コンパクトながらもグループでやれば、気づきも多くありそうです。
降矢先生 あります。集団ではそれなりに人間関係が出てくるので、学ぶところも当然出てきます。気軽に来られて人間関係もちょっとだけ勉強できる場の感じですね。
――参加者のプロフィールを見て、事前にグループ構成をすることは?
降矢先生 基本的にはうつ傾向の人をメインにした設定になっています。「物足りない」
と言われた人には「それはちょっとしょうがないですね。アドベンチャーのプログラムに行かれた方がよかったのかもしれませんね」といい意味でお答えしています。
――メンタルが落ちている人もちょっとは努力してみることも大切?
降矢先生 そうです。軽いうつの人はある程度運動した方がいいと言えます。その人にとっての多少の無理、一歩がどの辺りであるのかを私たちがうまく見つけてあげることですね。森林関係者でもうつの知識がない、うつの人と接したことがないのでよくわからない、どうしたらいいのか考え込んでしまうような人はそこで間違いを起こす場合もあるようです。
――森の中で悩まれたら、参加者がつらくなります。
降矢先生 雰囲気が悪くなりますよね。そこはちょっと勉強していただく必要がありますね。
――必ずしも医師がやらなくてもいいんですよね。
降矢先生 知識とうつの人と接した経験がある人なら構いません。
――森林療法に資格制度はあるんですか?
降矢先生 あります。「森林インストラクター」
の資格です。しかし、どちらかというと元気系、説明系ですね。うつの人に元気系はちょっときついことと、木の名前を説明してもらうためではなく癒されに来ている。説明をしないと仕事にならない森林インストラクターは一般向けにはいいのですけど、うつ傾向で活力が少なくなっている人にはちょっと合わない感じがあります。運動系のプログラムはうつにも多少有効なんですけど、運動生理学などの専門知識を持っていなければいけない。こちらも森林インストラクターには足りない部分なので、やはりだいぶ違うものですね。
――森林インストラクターによる森林療法は多いのですか?
降矢先生 医療系、セラピスト系の人たちも少しずつ意識を持ってきているんですけれども、森林療法に関心を持つ人の多くは森林系の人たちです。ならば
「私はちょっと違う勉強をしてきました」と参加者にしっかり伝えたうえでやっていただく必要があります。「私はこんなに知っている。樹木の説明ができるんだからうつの人にも役立つんじゃないか」と捉えられてしまうと、かえって合わなくなるのが普通です。
――森や木はすべて良いもの、癒しになると概念のみを携えて、それを説明してあげればうつは必ず良くなると……。
降矢先生 そういうふうに思っていることと、説明が多いものはどちらかというとアクティブ系になる。肝心なのはそこに来ている主体はだれ? ということです。患者さんが主体なら、その人たちに合った方法を設定できなければいけない。森林インストラクターの方にも「いつもと同じでいいのですか?」「どういうことに注意すればいいのですか?」
と真摯に質 問してくる人がいます。そうでない自信過剰の人があまり考えずにやってしまえば、結果は必ず出てきます。
――元気のない人を見下すような視線が少しでもあると、うつの人には大きな痛みの経験になります。
降矢先生 「そんなじゃダメだよ」「なんか元気がないね?」「もっと楽しまなきゃ」、それは禁句でしょうということを言ってしまう人がいるようです。
――悪気はないんでしょうね。
降矢先生 ないけれども、悪気はなかったでは済まされないことです。対象が一般者なら、あるいはそれでも構いません。うつ傾向の人は楽しめない状態で来ているわけですから「楽しめ!」
と言われても困るだけです。そこを学ばない、相手のことを知らないのなら、ある意味案内する資格はありません。まずはその辺りを勉強してもらいたいですね。
――ただしそこを学んでも、森林療法の正式な資格はないわけですね?
降矢先生 私たちNPO法人日本森林療法協会で作っていこうとしています。対象が違うわけですからね。
――待たれるところです。ただし、どれも目的や到達点は一緒ですよね?
降矢先生 健康増進と健康に戻る点で “健康”
にいくのは一緒ですが、ベースが違います。私たちはその違いをいつも伝えています。森林インストラクターは元気な人をもっと元気にする、楽しませる。森林療法を行うときはプログラムを2つに分けておく。元気系とゆっくり系が平行して用意されていれば、参加者は選択できます。ただし禁句は言わないように。通常時であれば元気になる言葉も、うつ傾向のときには言われたくないものがあります。多少勉強していただく必要はありますが、この判断は絶対に大切です。
――腫れ物に触るようでもまた、よくないでしょう。
降矢先生 自然体が大事です。対象者の差別はしない、腫れ物にも触らずに多少の啓蒙もしていくことです。
・都会と家と仕事に埋没している人こそ、身近な森林療法がストレスやうつを遠ざける
――人はだれでも森の中を歩けば気持ち良くなります。スタート地点は一緒ですけど、そこから先に専門家の正しいリードが求められます。
降矢先生 ポイントは療法の観点でプログラムを設定する。自然体験やアドベンチャーとの違いを理解していることですね。
――多くの森林系のプログラムには
「森林療法」「癒し」 のキーワードが付記され、踊っています。
降矢先生 使われてますね。参加者は混同してしまいますよね。やはり健康な方とそうでない方の違いが大事。私たちはあくまで補助療法として考えていますけれども、森林療法のみで元気になる人もいます。うつがそんなに重くない方、森林療法が非常に合う方ですね。
――日頃多くのうつの方を診療していて、継続的に森を歩いている、植物を愛でたり、育んでいる人でうつになる人はいるのでしょうか?
降矢先生 自然に親しんでいるから、うつにならないわけではありません。けれどもアロマも含めた自然によって救われた、自然の産物が役に立ったと話す人は非常に多いですね。
――以前はよく山を歩いたり、ちょっとした自然に親しんでいた。ここ数年は仕事が忙しくなって全然行けなくなっている。都会と家の往復のみの毎日でうつになってしまう例は?
降矢先生 それは結構多いです。忙しすぎて行けなくなったことで、癒しによる回復ができなくなる、やがて心身がもたなくなるケースです。そのときはもう1回そこを注意して森に行くようにする、コントロールやケアをしてもらうことで健康を取り戻す。森林療法が合うのはそれらの人でしょう。好きなこと、趣味のレベルでいいんです。自然が好きな人は「また、ちゃんと行こうね」ということです。
――森の中を定期的に歩く人がうつ病になっていくのは一般的には考えにくいです。
降矢先生 うつ病にいかないくらいではいられるだろう、と思います。若干うつの人はもちろんいますけれど、森に行くことはメンタルを落とさずにキープできる働きがあると思います。
――たまには森を歩きましょう! ですね。
降矢先生 1番のネックはみなさんに 「大変ですよ」「イヤです」
と言われてしまうことです。森=山=きついイメージがあるようです。山の森林に行った経験しかない人には「そうではないんですよ」と言っても通じない。横浜自然観察の森のような、山ではない場所でやると「こんな所にも森林療法はある。こんな所でいいんだ」
とわかる。今は先に言ったようなイメージしかないので、90%の人の足が止まっている。名前を聞いただけで、みなさんは入り口に近寄ってもくれません(苦笑)。
――東京なら明治神宮、高尾山でも開かれていると聞きました。
降矢先生 高尾山でも十分きついですから
(笑)、その辺は明確にしておかないと。特殊なものとして山に登ることもある、運動療法的なプログラムもある、でも一般的な森林療法で行くのはすごくゆったりとした、癒しの森なんだというイメージをなんとか作っていかないといけませんね。
――
“山” とは言ってないですものね。
降矢先生 そうなんです。「山療法」
と言ってないのに、山だと思われてしまっています。ここは口酸っぱく繰り返し伝えることでクリアしたいと思っています。
・療法の堅苦しさは最後までなし。とことんリラックスできた森の時間
雨露に濡れる木や草、たっぷりの水分を含んだ空気が全身を包みます。面積が限られた自然観察の森も、コースに沿って直線と曲線の道を歩けば、広さも緑のボリュームも無限大に感じられます。山から音を立てて川へと流れる水を耳にベンチに座り、甘いお菓子を口に休憩タイム。疲れるほどではありませんが、軽いアップダウンを経てきた足にもうれしい時間になりました。
再びコースに出ると、降矢先生から三行脈の葉のお話がありました。言われたとおりに葉を鼻に近づけてみると、確かにハーブ系のいい匂いがします。最近では市販のエッセンシャルオイルでしか嗅いだことのない、やさしい香りでした。そして「明るい林」
に入ります。落葉広葉樹の林は上から日も差し込んで、まさに目に明るい一帯を抜けると、カシ・シイの 「暗い林」
に突入。人によって植林がされたものですが、明暗のコントラストがくっきり描かれていました。1日の時間にも明暗はあり、人にも明るい自分と暗い自分が同居しているものです。
林の境目に立ったとき、片方にずっといては明るさがわからなくなる。2箇所を行ったり来たりして、眺めたり、感じることが大切なのではないかと考えたりしました。
ヘイケボタルの湿地では水の中に棲む生物を見ました。ここにもまた命があり、営みがありました。最後に希望する人だけを連れて行くという、ちょっと離れた場所へ。ここにも三行脈の葉を持つ木が、それも前の1葉よりも鮮烈に鼻をくすぐりました。ゴールの自然観察センターに入ると、初めにもらった用紙に今日の感想や、自分の状態を書き込みます。わずか2時間弱の森林療法でしたが、気分はすっかり森の人。「療法」の文字には少し構えてしまう部分もありますが、初めから終わりまで堅苦しい印象はまったくなく、まさに
「森でリラックス」 がふさわしい時間でした。
――森林療法を終えて、いま気分がとても落ち着いています。このままずっと森にいたいくらいです(笑)。ここで私たちが体験したことの意味合いについて教えてください。
降矢先生 プログラムには5つの癒し的なポイントがありました。まずは散策。歩きながらがスムーズに森に慣れていく。2番目が養生法。森の中での健康増進の気功を行いました。3番目はだんだん森に慣れてきたところで木を使った気功、ヒーリングを行い、大きな木を見て癒しをもらいました。4番目として間に挟み込んだのが自然観察。自然に親しむ、自然の多様性から癒しを学びました。今日はしませんでしたが、通常は最後に1人でゆっくりする。森の中での自分を振り返る「ソロの時間」
で締めくくります。
――ここでの気功とは?
降矢先生 森の中の健康法ですね。ヨガでも呼吸法でも何でもいいんですけど、何か1つ形を取ると参加者はわかりやすくなります。
――やり終えた後に周りの風景が変わり、自然に近づけたような感じがしました。
降矢先生 以前はお終いの頃にやっていたんですけど、初めの方でやってみたらその後の呼吸が深くなったり、森に入っていけたという人が結構いたので、あえて開始30分目くらいに入れています。たまに合わない人がいますけれども、そのときは「無理はしないでくださいね」
と言って、中止してもらっています。
・身近に緑の多いお気に入りの場所を見つけて、まずはそこに座ってのんびり過ごす
――終始ゆっくり、やんわりペースがよかったですね。木々の説明はあっても、細かい意味づけはありませんでした。
降矢先生 はい。ヒントやワンポイント程度は言いますけど、あまり押しつけにならないようにいつも気に掛けてお話しています。
――目の前に教材はたっふりあるんですものね。
降矢先生 その辺りはインストラクターさんも意識されていると思いますけど、説明で自分が前に出すぎてしまう人が結構いるんですよね。それでは何のため? ということになってしまいます。
――教えてあげるほど理解する、癒される人が増える。サービス精神なのでしょう。
降矢先生 そこが微妙なところです。多少ほぐすことや楽しくするための冗談みたいなものは必要ですけれども、あまり自分たちが前面に出ない、参加者のサポートで入っていることを私たちは意識しています。
――いずれにしてもそこに参加している人・状況によって変わっていく?
降矢先生 そうですね。
――今日のプログラムはだれが考えたものなんですか?
降矢先生 患者さんを診てきた経験からアドベンチャー・活力系ではないカタチ、うつの人の気持ちなどをふまえて私たちが独自に考えたものです。どこかの公式のプログラムではありません。森での健康法、療法は単なるアドベンチャーや観察とは違います。この5年間実践を進めるうちに5つの柱を意識して行うことが合っているのではないかと考え、今のものになりました。日本では過去に森林療法のベースや定義がないので、うつや癒し系のプログラムを求める人への私からの提案であり、答えということですね。森林インストラクターの方が勉強に来たとき、途中で気功法などをやると「なるほど」
と思われて 「これならそんなに難しくないから取り入れてみます」 と話した人もいます。
――参加方法は?
降矢先生 赤坂溜池クリニックのホームページに 「森林養生プログラム」
のページがあります。月4〜7回私とスタッフ数名で定期的に行っています。泊まりと日帰りのプログラムが用意されています。スケジュールは月毎に決まっていて、前後3カ月分を見ることができます。体験でまずは1度、という人は
“日帰りプログラム” をクリックしてください。
――まずは日帰りから始めてみたいですね。
降矢先生 日帰りが身近でやりやすいでしょう。その後は自然が豊かでエネルギーがたっぷり残っている森林保養地に行ってみるのもいいですよね。1度行ってみて「良かった」
はもちろんありですけれども、森林療法では継続や繰り返しも大切です。たとえ森林保養地と言えども年に1、2回行くだけではちょっと足りない部分がありますので、横浜の人は自然観察の森、埼玉の人は八国山など日頃から気軽に行ける森があるといいですよね。
――うつ的気分の人にオススメの、簡単にできる森林療法はありますか?
降矢先生 身近な所でお気に入りの場所、緑の多い公園でもいいですし、自分の好きな森を見つける。そこでゆっくり座っているところからでいいと思います。その後歩くのが好きな人はゆっくり自分のペースで歩く。コースを散策するのもいいでしょう。こんなことを基本に、日頃からなるべくやってみてほしいですね。そこにイナバウアー(このページのトップ、タイトル横の大写真)
を付け加えてもらえたら、もう十分ですよ(笑)。
――日々にまったく緑との触れ合いがないのと、少しでもあるのとでは気分が違いますよね。今はちょっとした自然の癒しさえも取り入れていない人が多いですものね。
降矢先生 多いですね。そういったチャンスも、周りに木や花もほとんどない。コンクリートの建物の中にいれば、ベランダに植物を置かない限り何もなくなってしまいますから。
――何もない殺風景なベランダに住む人もたくさんいます。
降矢先生 もともと人間は自然の一部なので、やっぱり必要なんだろうと思います。

・近くにお気に入りの公園を見つけて、非日常の森の癒しを心身に感じる
――森林療法は全国どこにいても、簡単にできますね。
降矢先生 できます。段階的にあるといいと思うんです。自宅から程近い公園をベースに、片道1時間ぐらいで行ける日帰りの自然。年に1、2回の保養地とちょっとずつ足を伸ばして緑の中へ入る、定期的に活用するといいと思います。
――オススメの保養地はありますか?
降矢先生 実は日本でここ、とはっきり言える所はあまりないんです。林野庁がバックアップする森林セラピー研 究会が認定している “森林セラピー基地”
にも良し悪しがさまざまあるようです。険しい山やスギ・ヒノキの林業跡地ではお話になりません。私たちが森林療法を行うのは自分たちがいいなぁと思っている森です。清里・草津・玉原……。長野県信濃町や飯山市はセラピー基地30数カ所の中の2つです。
――いずれも木の植生や種類、緑から放たれるエネルギーが強い所ですか?
降矢先生 フィールドとして癒しに合うような樹木植生になっている、コースができている森ですね。セラピー基地の森林ももちろん入っていますし、そうではない森林も併せて今後オススメのエリアを作っていこうと考えています。日本森林療法協会で私たちもなるべく公的に、わかる人を増やしていく。広めていくことをしばらくはやっていかなければいけないと思っています。だんだんと広がっていくのは楽しいですしね。
――森林療法は私たちの常に身近にあるべきものですね。
降矢先生 それを言うならホリスティック医療もそうです。元来ホリスティックだったはずの医療にズレが起きてしまったために、そう呼ばれるようになっただけのことで、森林療法も私たちが頻繁に繰り返す、身近なものとしてあったら療法と呼ばなくてもいいんです。ただしただの癒しや遊びではなくて、療法として敢えて残す部分は一部に必要だと思います。今は健康増進から入らなければいけなくなっているから、ちょっと多すぎると思いますけど、自閉症の方などには森の中で行うことに大きな意味があったりもします。
――会社の休み時間に近くの公園でイナバウアーはいいですね(笑)。
降矢先生 そういうふうになってほしいんですよ。最初は慣れないことだからこういう作られた場に来るのは当然ですけど、ここに来なければいけないのではなくて、自分でやってもらえるのが1番いいです。
――通勤で歩く部分があるなら、なるべく公園を通過するとか。庭のきれいな家の前を通るとかでもいいんですよね
降矢先生 いいですよね。ちょっとした森林に行くことで日常から非日常に入れる。森林療法にはそんな効果もあります。あまりに非日常にならない程度の近場の公園を見つけることが、森が日常に近づくことになると思います。
――今日の夜は深く眠れそうです。どうもありがとうございました。
降矢 英成先生
1959年静岡県生まれ。東京医科大学卒業。同大第3内科、LCCストレス医学研究所心療内科、帯津三敬病院などを経て、ホリスティック医療の実践の場として、97年8月に赤坂溜池クリニックを開設。NPO法人日本ホリスティック医学協会副会長。日本心身医学会認定医。日本心療内科学会登録医。日本代替・相補・伝統医療連合会議(JACT)認定医。NPO法人日本森林療法協会副理事長。NPO法人日本メディカルハーブ協会副理事長。
著書 『森林療法ハンドブック』(東京堂出版)
日帰りプログラム
・森林療法半日コース
東京近郊の森林を使ってリラックス方法を体験する2時間半のプログラム。
場所:明治神宮の森、八国山緑地、都立小宮公園、座間谷戸山公園、横浜自然観察の森など
参加費:自律神経バランス測定が行えるコース3000円 その他のコースは唾液ストレス測定2500円
歩きやすい服装(帽子、長袖、ズボン。いずれも黒色は避ける。運動靴着用)、水筒を用意。
申し込み先:赤坂溜池クリニック TEL
03−5572−7821 (月・水・金曜10〜18時、木曜13〜19時、土曜9〜13時)
HP:http://www.holisticmedicine.jp/clinic/index.htm
森林養生プログラムHP:http://www.holisticmedicine.jp/clinic/shinrin.htm
NPO法人日本森林療法協会HP:http://www.janis.or.jp/users/bigrock/
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