
・サイト運営人の、こんなんでいいの!? プロフィール
みなさん、はじめまして!
サイト運営・管理人の佐々木と申します。このページを訪れてくださり、ありがとうございます。
まだまだ中身が伴っていないサイトではありますが、ゆっくり確実に、そしてバランス良く内容を充実させていきたいと思っています。
さて、ここで少しだけ自己紹介をさせてください。この先はやや肩の力を抜いて話をさせてくださいね。
自分で言うのもなんなんですが、私は 「プチうつ」 の人間です。
医師に診断してもらったわけでも、専門家に言われたわけでもなく、単に自分でそう思っているだけなのですが、きっとそうなんだと思います。
今はフリーランスでライターをしていますが、これもプチうつであるがゆえに、そうせざるを得ずに始めた部分のある仕事でした。
私が自分のうつ気分に目覚めた時。それはたぶん自分と他者との違いがわかり始めた小学校1年生にまで遡ると思います。友達に誘われて家の近所で遊んでいるとき、夕暮れ時になるとものすごく寂しい気持ちになったんです。カッコつけずに言えば、母親と家が恋しくなったんですね。 友達はそんな素振りは見られず、遊んでいます。私も寂しさを隠して付き合いましたが、もともと外で遊びたいと思いませんでしたし、途中では早く家に帰りたいとばかり思っていました。
日本の昭和40年代。男の子はみんなジャイアンツの帽子を被り、草野球が遊びの主流でした。野球ができない私は仲間に入れません。その代わり、ゲームやマンガは友達よりもかなりたくさん持っていました。いわゆる“オタク”の走りだったんですね。
友達は野球を終えるとウチにやって来て、ゲームで遊だり、マンガを読んで帰りました。こうしてなんとか友達はいたものの、私は“元気な男の子たち”の仲間には入れず、いつも漠然とした疎外感を持っていました。
物心がついた中学時代はプロレスと音楽にはまり、高校時代には映画鑑賞が加わりオタク(という言葉がない時代でしたが)まっしぐら。なおかつ、学校を休みがちの“ひきこもり”生徒でした。
・20歳を過ぎた私にもたらされた、2つの生活時間体験
そんな私が20歳を過ぎると、2つの対照的な体験をすることになります。
1つは21歳の夏にアメリカに行き、ホームステイ先に着いた晩のことでした。夕食を済ませて、与えられた部屋のベッドに腰掛けた瞬間、
「あれ? オレ、これからなにすんの?」

なにもする必要はありません。長時間の空の旅で疲れた体を休めるために、眠ればいいだけのことです。にもかかわらず・・・そう思ってしまったんですね。
時計を見ると、夜7時少し前。サマータイムのロスの太陽は、沈み始めてるとはいえ光が力強く、家の前の道路を照らしています。外があまりに明るいから、時間を持て余したような感覚に襲われたことはあったでしょう。でもどうやらそれだけではありません。
車の修理工場を経営するホストファーザー、銀行に勤める次男も6時前後には帰宅して、家族そろってご飯を食べた。それも7時前に食べ終えた。このことがすごく大きな違和感というか、言葉にできない感覚を私にもたらしたんです。
答えは1カ月のホームステイ中にわかりました。
夕食を終えた両親は兄弟の家を訪ねたり、地元の活動に参加したり、23歳の次男は年間パスを持っている遊園地に、毎晩のように友達と共に遊びに行っていました。
日本のわが家を思い出せば・・・夕食後はテレビを見て、勉強(私はほとんどしてませんが)。母親はパートと家事に1日勤しみ、父親は朝会社に行けば、たいてい帰りは夜の9時、10時。平日食事をいっしょにすることは少なく、家族の過ごし方、時間の使い方は限られていました。
ロスでは夕食後に仕事や家事とはまったく別の、もう1つの時間が流れていました。
家族はほぼ毎日、夕食を共にしていました。ということは一定の時間になると、きちんと仕事を 切り上げて帰宅していたわけです。家族の行動にひととおり同行した私も充実した夜の時間を楽しみました。その感覚が身についてくると、この時間の流れ方、使い方、家族や知人との過ごし方こそが私が心のどこかで求めていたものなんだと思えました。同時に日本に生まれ育って、いつの間にか背負わされていた違和感みたいなものがスッと消えてなくなっていたんです。
日本でふつうに日常生活を送っていた私は、それがいいとか悪いなどと思ったことも、感じたこともありませんでした。でもきっと形になるような不満はなくても、心身は納得していなかったんでしょう。この事実を言葉ではなく、ロスの人々、暮らしが私に気づかせてくれたんですね。
そうは言っても日本に帰国すると、すぐに元の生活に戻ってしまいました。学生のうちはまだいいのです。問題は間もなく、就職して社会に出てからの自分でした。
・このままでは自分は「うつ」になってしまう・・・
やはりというか、当然というか。私に2つめの、ロスとは正反対の体験が待っていました。
出版業界を志望していた私は編集制作会社に入りました。仕事量は多くて、拘束時間は長い職種と理解はしていたのですが、それ以外の部分でも私には“ダメ”でした。
10数人と1つの部屋にいることが、まずは苦しくて仕方なかったのです。
社会人1年生では電話1本さえ、まともに取れません。たとだとしい私の対応をだれかが聞いていると思うと、ますます萎縮してしまいます。外に出て、1人で取材などをしている時間はいいのですが、会社に戻るのがすごくつらい。夜は遅くに家に帰ったら、遅いご飯を食べて寝るだけ。朝は地獄に落とされるような心持ちで会社に向かいました。
そうこうしているうちに、私はどんどん暗い、こもったような 「うつ」 的な人間になっていきました。 そしてとうとう、先輩のあるひと言で私はショートしてしまったのです。
「みんなが帰るまで、1番下のキミは帰れないんだからね」
無理です! これではまるで牢獄です。
仕事があってもなくても、上の人がいるから夜遅くまで会社にいる。もちろん忙しければ、朝から晩までずっと会社で仕事。時間は個人のモノではなくて、初めにそれを管理する会社があって 、個人は余った、ほんの少しの残り分をもらえる感覚です。でも日本ではこれが当たり前。どの業種、会社もきっと同じような状況だということもわかってはいました。
だれが悪いのではありません。私の力不足、常識の欠如、若気の至りもありましたが “このままではオレはおかしくなる” と思って4カ月で会社を辞めてしまいました。実はその年の1月から働いていたので、4月の終わりに無職です。最後の日に会社を出ると、外にはスーツを着て、研修期間中の私と同い年の男女が楽しげに会話し、笑っているのが目に入りました。
会社勤めが合わない自分を知ってからも、私は組織で働きましたが、頭の片隅ではいつもフリーになることがありました。幸いにも20代の後半にそのチャンスが訪れてから今日まで、できるだけ無理はしないで働き、生きてきました。
と書くと 「お前は幸せじゃん」 と言われそうですね。確かにラッキーはありましたが、なによりも人並みに働いていたら、私はたぶん 「うつ」 になっていた。だから自分で自分を社会から遠ざけた、逃がしてあげた結果なんです。
それなら、その後は 「うつ」 気分になっていないのか? と言われれば、答えは 「ノー」 です。
ならないどころか、片時も消えたことがありません。私の頭の中はいつも 「プチうつ」 です。
・20年前よりも、今の日本社会はすべてがきつい!
たまたま忙しいときは他のことは考えられず、うつ気分はありません(感じません)。でも少し時間ができると、うつ。忙しいときも、合間を縫って 「自分を、周りを見つめられない」ことに対する自己嫌悪的なうつが襲ってきます。外出する前は玄関で必ずうつ気分が背中にのしかかり、外出中につくった社会人としてのもう1人の自分を家の中に収める、帰宅して玄関のドアを開ける瞬間にまた、強いうつ気分になります。
私はなんとか病気にはなっていないのかもしれません。
でもこんな気分が途切れることなく続くのは、それなりに苦しいものです。
正しい、間違っているのか。本当はとっくに病んでいるのか、私にはわかりません。
ふつうに人と接することはできます・・・たぶん、できていると思っています。
仕事は自分の好きなジャンルで、比較的楽しくやらさせてもらってきましたが、今は厳しいです。先のことはまったくわかりません。どんな仕事をしてでも
「食いつなぐ」 ことが先決になっています。でも中途半端に心のないものを書いてお金を……とは思いませんので、どこかで体を動かす、何の仕事をさせてもらいたいと願っています。
家族はいます。それについては感謝している部分と、うつ気分のまま1人になってしまいたい願望が常にあります。
人付き合いは苦手です。正直言って、あまりしたいとは思いません。かなり孤独です。
多くのライターの人は自己が追求するテーマを表現するために、あるいは自己の存在を確立するためにフリーで活躍されています。私にその感覚がまったくないとは言いませんが、なによりも社会になじめない自分、自分を病としての「うつ」 にしないために、この生き方をしてきたとしか言いようがありません。
こんなモチベーションでは、とても他人と会話は続きません。
大人になっても疎外感は拭えないまま、日々を送っています。
それでも今までのところ、私にはこれしか生きる方法がなかったような気がしています。
というわけでトップページからここまで、サイトに書き連ねてきたことはすべて私が得てきた感覚、体験、それと昨今の日本社会の状況を見てまとめたものです。
留学などで海外生活経験者が増える日本社会は10年、20年後にはかなり緩やかな社会になっているはず・・・と信じ、希望を持っていた20代前半の私でしたが、あれから倍近くの時間を生きてみて、以前となにも変わっていない、むしろ社会も生きることもきつくなっているような気がします。
とにかくもっとラクに、楽しく生きたい。
頑張りたくないし、力みたくもない。
生きてるだけで大変なんだからさ〜。
自分がやるべき最低限のことをやれたり、できたら、それでいいじゃん!

そう自分に言い聞かせて今日も生きてます。これがまた耳に入る雑音が多くて、心がフラフラするんですよね〜。
というのが自己紹介でした。あんがい長くなってますね、ごめんなさい。
ここまでお読みくださって、誠にありがとうございました。
どうかこの想いが、1人でも多くの人と共有できますように・・・。
そして 「プチうつ」 を友達に、みなさんと少しでもラクに生きていける、そういう社会にしていけたらと思います。
佐々木 健 (うつと共に生きる事務局・代表)

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