
・ 自分にとって最良のカウンセラーと出会うために ――
心にさまざまな問題を抱えるとき、人とゆっくり会話をしながら悩み、苦しみ、弱音や本音を、時にはグチを聴いてもらうことは最良の解消法であり、解決法の1つでしょう。それはだれもが日常で持っていたい、大切な時間でもあるはずです。 専門家が相対してくれるカウンセリングはその最良形といえるものです。第三者としてのカウンセラーに胸のうちを包み隠さず打ち明ける、日常とはまったく違った時間と場を共有することでメンタルを保つ、一定以上に悪くさせない、うつを良くしていくこともできます。 全国各地に存在する、あまたのカウンセラーから自分に最適な1人と出会うのは相当な至難技。それ以前にカウンセラーがどこにいるのかわからないという人も多いことでしょう。臨床心理士であり、相模女子大学准教授の石川勇一先生に
“カウンセラー選びのポイント” についてお話をうかがいました。
・カウンセラーたるを証明する2つの資格と、見逃してはならない個人の資質
――カウンセラーを探しているけれども、何をどうしたらいいのかわからない。ひとまずネットはクリックしてみたけれど……という人がたくさんいます。
石川先生 そうですね。自分が持っている情報、周りの人たちや環境からではどうにも先の見通しが立たないような問題を抱えていたり、心に苦しいことのある方がいろいろと探しているようです。私の心理相談所についてはホームページに考え方をたっぷり書いていますので、内容に共感して遠い所から来てくださる方がかなりいらっしゃいます。日本臨床心理士会もサイトを作っていて、全国の臨床心理士の情報を見ることができます。これはひと昔前にはあり得なかった、ネット時代の良さですね。 ――確かにキーワード検索をすればカウンセラーは無数に現れますが、私たちの日常にカウンセラーは遠い存在で、画面の中で微笑むカウンセラーがどんな人であるかはまずわかりません。そこから自分にふさわしいと思える人に絞るとなると、ますます難しい。ということで石川先生に教えていただく
“カウンセラー選び” のポイント。まずは人と人の間にあるものですので、何よりも “信頼できる”
ことが第一と思います。わかりやすさからいけば、信頼性の高い資格を持つ人になりますか?
石川先生 そのお話の前に、ここにとても興味深いデータがあります。アメリカで行われた心理相談を受けた経験を持つクライアントに対する大規模調査の結果で、臨床心理士、サイコセラピストと呼ばれる人たちと臨床心理士の資格を持たない、あるいは民間資格を持つカウンセラーに対するカウンセリング・サイコセラピーの満足度を比較調査したものです。結果はどうだったと思いますか? ――う〜ん、もしかしたら無資格のカウンセラーの方が満足度が高い?
石川先生 正解は……有意差がなかったのです。どちらにも差が出なかったんですね。これは驚くべきデータですし、プロフェッショナルリズムを確立しようと日々研鑽を重ねる学者にはショッキングな結果だったと思います。アメリカの臨床心理士は日本とは比べ物にならないくらいレベルが高くて、民間にも日本の臨床心理士と同じレベルの資格があるほど日米に差があります。さらにプロフェッショナルと民間療法をやっている人では学歴や受けた教育、研修時間に大きな差があるんですけれども、トータルで見た満足度には優位差がない。この調査結果からペーパーテストができて、学歴があって、論文が書けたからといって効果の高いセラピストになれるわけではないという事実がはっきり現れたと言えるでしょう。 ――大きな示唆に富む結果ですね。
石川先生 私個人的にも、大学院は出ていないけれども力があると思える人が民間にいるのを知っています。そういう人たちは専門職として、ちゃんと成り立ってやっていけてます。臨床心理士として開業しているけれども力がなくて成り立っていない人の方が、むしろ多いような気がします。もちろん、民間でやろうと思ったけれどダメだった人はもっとたくさんいますけど(笑)。 ――インターネットで見れば、資格の有無は一目瞭然です。
石川先生 今お話したようなこともありますし、本質的に大事なのは人としての信頼になります。それを言ったところで、会ったこともない人については知りようがない。一般の人が何も知らない状況で、新たにカウンセラーを探そうと思ったとき、やはりまずは資格になるのではないかと思いますね。 ――しかし、無資格者にも優れた人がいるという視点を忘れてはいけない。
石川先生 私は“個人”で見ています。それでもなぜ資格を見るかと言うと、まったく非常識な、ものすごい大ハズレに当たることがないからです。ある程度公共性の高い資格を持つ人は、その分の勉強をしていることは間違いありません。 ――積んできた学問や研究などの量と質に対する信頼ですね。
石川先生 実際何も知らないまま開業している人がかなりいます。トータルでデータを見たときに差はないけれども、大ハズレはある。大変な目に遭ってしまった人も少なくありません。きちんとした勉強をしていない人、無資格な人、民間資格しか持っていないカウンセラーの所へ行くほど事故に遭う確率は高まるということです。 ――事故とは心身に対するものと、金銭的なものですね。
石川先生 行って役に立たなかったくらいならまだマシで、行ってお金を払ってもっと悪くなるのは深刻です。 ――この資格の所有者であれば、まず安心と考えられるのは?
石川先生 臨床心理士(注1)と産業カウンセラー(注2)の2資格です。まったくないかどうかはわかりませんが、ひととおりの教育を受けている人たちですから、ハズレを引く可能性は相当低く抑えられるでしょう。 ――人間がやることに完璧はありません。医者や弁護士にもたまにハズレはいますからね(笑)。特にカウンセリングではお互いの相性の問題もあるでしょう。
石川先生 資格ですべて信頼に足る、とはならない部分ですね。
注1) (財)
日本臨床心理士資格認定協会が認定。指定された大学院を卒業し、筆記および面接試験によって専門知識と技能がチェックされる、今日で最も専門性の高い資格。欧米諸国の心理療法家の基準と比べたときに日本の臨床心理士は取りやすく、プロのカウンセラーとして持つべき最低ラインとの見方もある。 注2)
労働省認定(社)日本産業カウンセラー協会が認定する、産業カウンセラー
(初・中・上級)。教育・研修システムが比較的よく整備されている。以上の2資格は省庁認定協会認定の、相対的に公共性の高い資格といえる。
――学会とそこで認定する資格も数多くあります。
石川先生 専門家集団による、各専門学会認定の資格(注3)です。これらの資格がどのくらいの実質的な学力、技術で諮られたものであるかというと実にまちまちで、臨床心理士に近いくらいにしっかりしたものもあれば、かなり簡単な研修でOKのものもあって、やはりひと括りに語ることはできません。 ――どの学会に、どんな優れた個人がいるかはわからない?
石川先生 そういうことです。1つずつ個別に見ていかないとなんとも言えないですね。ほとんどの学会にホームページがありますので、どんな資格なのか、資格取得者にはどんな専門性があって、どんなことができるのかを確かめることはできます。 ――1つの学会にも所属しない、実力のあるカウンセラーもいるのですか?
石川先生 いるとしても非常に少ない、ということはあるかもしれません。力があるとはいえ、人間はどうしても独り善がりになることがあります。カウンセラーと称し、プロとして進める以上は専門情報を集め、専門家同士で交流をし、技術を高めるためにも複数の学会や研究会に参加しているのが普通です。集団の中で切磋琢磨するという意味でも、最低1つや2つの学会に入っている必要はあるでしょう。 ――ここは実力があると推薦できる学会は?
石川先生 それはちょっと難しいですね。1個1個にいろいろな議論があります。資格制度を始めるとなると、これが本当にいいのか、難しすぎるのではないか、簡単すぎるのではないか、お金はどうするのか、お金目当ての資格ではないのかと学会内でも必ず議論が起こっています。 ――そんな議論もオープンに、広く伝わるといいのかもしれません。
石川先生 一般の人には難しいですよね。私たちが見てもなかなかややこしいものですから(苦笑)。ホームページの 情報を見ても実質的なことはわからなかったりします。 ――これも無数にある民間資格。良し悪しを見極めるポイントは?
石川先生 老舗として有名で、たくさんの研究者が関わっているところがいくつかあります。ただ、だからといってそこが大きな実行力を持っているとも言えないので、基本的に民間資格はあまり参考にならないのではないかと思います。 ――公共性と信頼性の高さから、昔も今も変わらず臨床心理士と産業カウンセラーであることが1つ目のポイントですね。
石川先生 そうです。ただし常に例外があるかもしれない、とは言っておきたいですね。私が大変尊敬している方に、日本の臨床心理学者の草分け的存在で上智大学の名誉教授の霜山徳爾先生がいらっしゃいます。今は研究はなされず、自宅で面談をされています。「臨床というものに資格はそぐわない」ということで資格は何も取られていません。そういう方も中にはいらっしゃいますし、多くの人の信頼を得ている、力のある人には伸びていってほしいと私は思っています。
注)専門学会が認定する主な資格
|
資 格 名(学会の名称) |
| 認定カウンセラー(日本カウンセリング学会) |
学校心理士(日本教育心理学会) |
| 学校カウンセラー(日本学校教育相談学会) |
大学カウンセラー(日本学生相談学会) |
| 教育カウンセラー[初・中・上級](日本教育カウンセラー協会) |
キャリア・カウンセラー(日本進路指導学会) |
| 家族相談士(日本家族心理相談学会・日本家族カウンセリング協会) |
催眠技能士(日本催眠医学心理学会) |
| 心理リハビリテーション資格(日本心理リハビリテーション学会) |
臨床動作士(日本臨床動作学会) |
| 自律訓練法認定士(日本自律訓練学会) |
自律訓練法専門指導士(日本自律訓練学会) |
| 認定バイオフィード技能士(日本バイオフィードバック学会) |
認定行動療法士(日本行動療法学会) |
| ヘルス・カウンセラー(ヘルス・カウンセリング学会) |
認定健康心理士(健康心理学会) |
| スポーツメンタルトレーニング指導士(日本スポーツ心理学会) |
・過度の期待は持たずに、お互いの選択の下に人生の問題の山を乗り越えていく
――次のポイントは?
石川先生 知り合いの人から評判や口コミを聞くことです。「○○さんから紹介されました」
と言って私の所に来る方は結構います。ただこれも実際には難しいですよね。まだカウンセリング自体が普及していないですから(苦笑)。知り合いがいればいいんですけど、紹介してくれる人はだれもいないという人が普通でしょう。準備をして完璧な人に出会うのは難しいので、まずは行ってみる。「いい」と言われたけれども、行ってみたらそうではないこともあるばずです。ダメだったら授業料と割り切るしかないかもしれませんね。ちなみに雑誌やメディアの記事は必ずしも正しくはありませんので(苦笑)。
――だれかしらから評判を聞く。言い出しにくいかもしれませんが
「カウンセラーを探してるんだけど?」
と友人にしゃべってみたら、どこからか情報が集まることがあるかもしれません。行政の電話相談などで紹介を受けられることもあります。いずれも1つの判断材料と思い、後はとりあえず行ってみることですね。
石川先生 私が自分のホームページを一生懸命作ったのも同じ意味です。きちんと選ぼうと思っている人に情報がまったくない。これだけネットが発達した時代ですので、自分の考え方や方法についてはオープンにしたいと思っています。万人向けに書いたつもりはありますけれども、出した情報に反応された人がローカリティを越えて来てくださっている実感はあります。多くの人が同じことをできればいいと思うんですが……。
――ホームページにたくさんの情報を載せている人は1つの信頼に足る。本人の文言ですけれども、大きな口コミと考えたいです。
石川先生 私の所にいらっしゃる方はホームページを読んで、かなり冷静に選んでいるので、幸いにもワラをもつかむ状態で来る人は少なくなっています。なので私もやりやすいことはあるんですけれども、病院に勤めていた頃はそうではなかったですね。親に引きずられるようにして連れて来られて「自分には治療は必要がない」
と言い張る人と、多少のゆとりがあって理性も働いたうえで来ている人ではやはり違いますよね。
――双方に一定の理解がある関係から始まるカウンセリングは、良くなっていくスピードも早いでしょう。
石川先生 そうですね。ここが難しくて、期待が強すぎる人はダメだったりするんです(苦笑)。カウンセリングとはこういうものだ! という物語を勝手に描きすぎている場合ですね。
――ホームページの字面を鵜呑みにして、想像のみを膨らませて来たのでしょう。
石川先生 淡い期待を持って来るくらいの人がいいんじゃないかと感じます。「この先生に会えば、問題は全部解決する」
と思うと、かえって失望するのではないでしょうか。
――過度の期待を持たないこともポイントですね。出掛けていく前に確かめておきたいポイント、その他にもありますか?
石川先生 病院などの適切な関係機関への紹介を行っていることもそうです。例えば統合失調症の場合は病気として、病院で薬物療法を受けるのが第一です。心理療法で統合失調症が治ることはまずありません。にもかかわらず統合失調症の人がずっとカウンセラーだけにかかっていると、病院に行けば治ったかもしれないチャンスを失ってしまう。心の悩みをほじくり出すことによって悪化することさえあります。その場合「ここではなく、まず病院に行かれることをお勧めします」ときちんと言う。それは私たち専門家にとっての義務です。
――絶対に舵取りを間違えてほしくないところです。
石川先生 然るべき所を紹介する、つまりは抱え込まないことです。「実は他の所にもかかっているんですけれども、ちょっと疑問があってこちらに来ました」
と言われる方が近頃割といます。そのときビジネスでやっているなら「確かにそこは悪いですね。私の所にだけ来るように」
と言われてお終いです。そこでよく話を聴いていくと、セラピストとの関係で重要な問題が起こっていて大切な時期に来ている。たまたまセラピストへの不信感を持っていて私の所に来たことがわかる。ならばその部分を少し整理して「その人との間で今起こっていることは、あなたの心の問題の一端として起こっているような気がします。それを完了することが一番重要なんじゃないかと思います」と戻してあげることが必要です。
――そのひと山を越えたときに、相手との関係がものすごく良好になるのは普通にあることです。
石川先生 そうですね。セラピストとの間で、その人の過去の人間関係のパターンが繰り返されることがあります。いつも初めはいいんだけれども、だんだん不信感が湧いてきては苦しくなって相手を攻撃したくなる人が結構います。そのパターンが起きていて、自分を応援してもらいたいがためにたまたま私の所へ来た。私がそこで抱え込んだら、その人から治るチャンスを奪ってしまうわけです。
――選択はセラピー中もずっと続くわけですが、事前に柔軟性のあるカウンセラーかどうかを知るには?
石川先生 臨床心理学の教育では基本的に最初に1回面接をして、これから面接をやっていくかどうかをお互いに話し合い、そこで決めたある程度の期間と回数は続ける。関係をやめる前にはきちんとそのことを言い、話し合ってからやめるをセオリーにしています。継続的な関係をベースに行うんですけれども、私はそれはちょっとやめています。続けるか続けないかは完全にその人の自由。続けたい人には続けることを拒みませんし、来たくない人はそれで結構ですという、ある種自己責任の考え方で、完全には縛らないでその人が心から来たいと思ったときに来る形で私はやっています。
――確かに継続的なものと初めに言われてしまうと、クライアントの心のどこかに
“〜〜ねばならない” が芽生えてしまいます。
石川先生 私はその部分はセオリー違反でやっているんですけども、例えば
「こちらは10回セットになっていますので、一回1万円で合計10万円をお振込ください。振り込みが確認でき次第、予約完了とします」というシステムの所があります。行ってみたら全然ダメで
「取られた10万円、どうしよう……」
というケースも起こるんですけれども、これはよくないやり方だと思います。セラピーは言葉の説明だけではわからない世界です。最初に「○回のセットです。○○円振り込んでください」
というやり方は、ビジネス優先の発想をしている所ではないかと私は思います。
・1回45分、5000円〜1万円が目安となる適正な時間と料金
――必要に応じてすぐに医療機関に回し、薬物療法に進めるのはセオリーと思いますが、民間では連携施設を持っていないところも多いでしょう。
石川先生 そうですね。きちんと勉強した人は精神科とはどういうところなのか、どういう治療がなされているのか、精神科医はどういう思考回路で治療しているのかを知っています。だれをどんなときに、どこに紹介していいのかも当然わかっています。きちんとした勉強をしていない人、いわゆる素人心理療法家はそういうところが実にいい加減なんで す。日本では、そういう方が雑誌や書物で紹介されていることも少なくありません。私たちから見るとセンスがいい部分があって、おもしろいことも書いてあるんですけれども、専門用語が出てくると意味が間違っていたり、これは落第点だというレベルのものもあります。民間のみで少しだけ勉強した人には問題がやはり多い、と感じるときですね。
――提携病院や機関では判別しにくそうですね。
石川先生 逆に言うと精神科医の人たちが心理学やカウンセラーについては知らないことの方が圧倒的に多いんです。医学部の教育にはカウンセリングの授業はほとんどありませんし、こちらがどういう力を持っているのかはわからない。ですから全部信用してしまう医師もいるかもしれないわけです。
――医療機関ときちんとつながっているかどうかは大きなポイントです。しかし、本来すぐに病院へ行くべきところを抱え込まれてしまうとは……。
石川先生 聞いた話ですが、カウンセリングの途中で足が動かなくなって立てなくなったクライアントさんがいました。心理学的に言えば 「ヒステリー」
という、よくある神経症の1つなんですが、カウンセラーは霊能者を呼んで救援を頼んだというんです(苦笑)。
――話になりませんね。囲い込みにつながるのも何もかもが、つまるところお金が原因です。適正な料金体系を掲げていることもポイントかと思います。カウンセリング1時間当たりについての相場はありますか?
石川先生 すべてを調査したわけではありませんけれども、プロとして対価を取るのであれば5000円から1万円前後が適正なのではないかと考えます。カウンセリングで食べていこうと考えて事務所の家賃などを払い、研修などに参加しながら勉強を重ねていく場合、5000円以下の設定では年収200万円以下になってしまいます。一応職業としてきちんとやっていくと考えたとき、カウンセラー側の事情で申し上げると1時間で1万円は取らなければ成り立たないのが現状です。ただし臨床心理士も含めて、この世界は女性が圧倒的に多い。夫が稼いでいて妻はパート的な感じでやっている比率の方が高いほどですから、本当はもっと安い料金でできるのかなとも思います。
――先払いは要注意ですね。
石川先生 もありますし、ややカルト的に独特のものを打ち出していて、そこにワーッとついてくる人たちのニーズの高さを受けて料金を3万、5万円に上げてやっている所もあります。
――高いからいい、と考える人もいますからね。
石川先生 信じれば救われるではないけれども、信心があってそこに行ったことに感激して良くなることもないとは言えないですからね(笑)。
――払ったお金も大きいですしね(笑)。実害さえなければ、それはそれでアリかなと。
石川先生 お金をドーンと払うということも心理的行為ですからね。それを逆手に取る所があるからいけないんです。「これを治すためには3万くらいは安いでしょう?」 と言ったら脅しですよね。
―― 「こちらは1回3万円でやっております」 と言う程度であれば問題はないのかもしれませんが、やはり適正料金は大きな目安になります。1回のカウンセリングは1時間が適正ですか?
石川先生 まとまった話をちょっとでもするのであれば、最低45分はないと難しい感じはあります。
――45分の設定は割と見ます。それより短いものはちょっとという感じですか?
石川先生 病院で治療を受けながら、なおかつ心の問題もやりたいという統合失調症の人も時にいらっしゃいます。時間が長い場合、あまり深いところに入りすぎて混乱してしまい、よくないことが実はあるんです。むしろ10分、20分と短く、日常的な話だけで終わっていく方が心の安定にいい。深めすぎないのが大切ということもあるので、時間については何分だから良しとは言えません。いろいろな設定、方法があると思います。
――守秘義務がある。これは基本ですよね。
石川先生 私たちが学会で事例を発表するときは、必ずクライアントさんに 「名前は出さず、プライベートなことは絶対にわからない形で、研究のためにのみ発表で使わせていただきますが、よろしいですか?」 とお聞きし、「いい」 と返事がもらえた場合のみ発表させてもらうことがあります。それ以外のところで事例として、本やWEB上に勝手に書くのはルール違反です。個人で申し込みをしていて、家族にバレるのを嫌う人にはこちらから○○○相談室と書いた通知を出すのを控えています。話の内容はもちろん、来所していることも含めて基本的な守秘義務があるのは大切です。
――これは当たり前のこととして考えていいですか?
石川先生 そうですね。
・カウンセリングを続けるケースと、続けてはいけないケース
――次に実際にカウンセリングの場へ行き、対面してみてカウンセラーの人となりを自分なりに感じてみる。そのときのポイントは?
石川先生 会ってどう感じたかを確かめられたら、後は自分の感覚に従うことです。「この人にはとても的確に話を理解してもらえる」 「会って話すだけでとても安心できる」「この人の前ではありのままの自分でいられる」
「リラックスできる」 「この人には自分の問題を話してみたい」 「自然と問題が浮かび上がってくる」「こんなによく自分のことをわかってくれる人がいるもんなんだな」
「学べるところがたくさんありそうだ」 「本当に誠実な感じ」
などの安心感や信頼感が得られたときは、良好な信頼関係の中で効果的なカウンセリングができる可能性が高いでしょう。
――そのように感じられない場合は?
石川先生 「話したいことを言えない感じがある」 「この人の前にいると、どうにも息苦しい」 「いるだけで疲れる」
「ありのままの自分でいられない」 「一方的に説教される感じ」「自分が縮こまってしまう」 「頼りない感じがする」 「説得力 がない」 「胡散臭い」
などと感じられるなら、実りのある相談にはならないかもしれません。そのときは続けるだけでなくて、断ることもその人にとっての大切な決断になります。
――続けるべきケースとは考えられません。
石川先生 そうですね。そこで自立していない人ほど “いやだなぁ” と思っているにもかかわらず、「また来なさい」
とカウンセラーに言われるままズルズル続けてしまうことがあります。厳しい言い方をすると、自分の中でしっくりこないものを続けること自体が、心理的な問題です。本来は専門家であるカウンセラーに
“商売でやっているわけではない” という想いが必要です。“私には合わない”
と思ったら、クライアントが行きたい所へ行くことを勧めることも時に必要ですし、抱え込まないことが重要なんですね。
――専門家がクライアントを抱え込まない、ですね?
石川先生 そうです。この資本主義社会ではどこもかしこもお客さんの抱え込みでいっぱいじゃないですか。店に行けばポイントカードを作られて、みんなが相手を抱え込もうとしている。私なんかはウンザリしているんですけれども(苦笑)。お金で動くものだから半分はビジネスなんだけれども、その部分が突出してはならない領域にあるのがカウンセリングであると思います。その部分が半分以上にならないことが心理的援助では大切であると思います。相談に来られた方が自分の感性で相談相手を選べることは大原則。相談を受ける側はいつもこの心積もりでいてほしいと思います。
――私たちが強く心配するところです。危ない人に捕まったらボロボロにされるのではないか、と。ただしそんなふうに考えていられるのはまだ心に多少のゆとりがあるときで、相手に強く出られれば出られるほど、囲い込んでくれる相手ほどむしろ喜んでしまうこともあります。
石川先生 依存的な感覚が湧く場合ですね。ゆとりがないときにはワラをもつかむ感じになってしまいますよね。
――メンタルが弱っている人を抱え込むのではなく、この人は私のクライアントではないと思ったら、別のカウンセラーを紹介してくれる。それが専門家であると考えたいものです。
石川先生 そうなってほしいと私も思います。専門家に向けた教育として研修会や講演の場を与えられたとき、私は「自分の中の私心や所有欲、私のためにやっているということに常に気づいてはいる。この状態を大切にしてほしい」とさまざまな形で話しています。大学院にまで来て勉強している人は、その段階では少しでも質のいいものをやろうと考えているでしょう。民間のワークショップにちょこっとだけ出て開業しようと考えている人には今の仕事で行き詰まっている、“手っ取り早くて流行っているカウンセリングがいいかなぁ”
と考えている人も中にはいます。講習会で 「先生、この仕事は儲かりますか?」
という質問を受けて、愕然としたこともあります(苦笑)。そういう発想だったらやめた方 がいい。専門家としてもっと志を高く、向かってほしいと思います。
――拝金主義に生きる私たちが、カウンセラーには
「お金ではなく志でお願いします」 と言うのも切ない部分があります。
石川先生 そこはやはり社会により根づいていくためにも、ビジネスモデルに飲み込まれてはいけないと思います。ある種の倫理観、志、心で、心を持つ人間と対する職業が利益誘導第一になってしまえば、いらっしゃる方が札束に見えてしまいます。それは人間の心のモノ化ですし、経済や紙幣に還元して見る、それ自体が相手の心を傷つけることだと思います。
――それでは傷つけ合いにしかならないでしょう。
石川先生 違和感があるときは率直に話せる関係性を、カウンセリングの場では体験できることがむしろ必要です。日常生活には圧力となる、さまざまな要因があって率直に自分を表現できない。それを続けるうちに自分が本当は何を感じているのかがわからなくなる。すべてがゴチャゴチャになって、心がだんだん違う方向へ行き、知らないうちに動く気力がなくなっている、身体症状が現れる。カウンセリングはそこから解放される、素直に自分を表現ができるものですし、カウンセラーはこのことを保証できなければいけない。そのためにたくさんのトレーニングをこなしていく。ビジネスモデルでやるべきではないと強く思う部分ですね。
石川先生 初めのうちは “この先生、パッとしないなぁ”
と感じていても、何度か会っていくうちにジワジワと実力がわかってきてだんだん大きく、親しみ深く見えてくることがあります。このときはクライアントさんにとっての良いカウンセラーである場合が多いと思います。一方で初めは
“ペースに乗せられるようで、とってもいい感じ”
と思ったけれども、何度か続けた後で家に帰って冷静になる度に、なにかゾーッとする感覚がある、悪寒が走るといった場合は、知識や表面的な認識に好感は持てても、深層の意識が直感的に自分にはマイナスになると感じ取っている。どんなに立派な経歴や資格を持っているカウンセラーであっても、すぐにやめるのが賢明でしょう。
――ただしクライアントも直感のまま、合わなければすぐにやめてしまう。また次のカウンセラーへ移っていくのも?
石川先生 そうですね。気がついたらあの人もイヤだ、この人もイヤだ、今のカウンセラーもイヤだ、全部イヤでは最後は独りぼっちになりかねません。人間と人間が出会えばどんな人であれ、どこかに我慢が必要。兼ね合いが大事ですよね。
――もう1回だけ行ってみる、あと少しだけカウンセラーと時間を共有してみる、自分なりの粘りも必要?
石川先生 必要だと思います。“違和感がある。イヤだ” けれども “先生と関わることが自分にとってプラスなのかなぁ”
と気づけたらいいですよね。
――なんとなく、ほんのちょっとでもプラスが感じられるようなら続ける。
石川先生 苦痛だから悪いだけではなく、苦痛だけれどもいい、もあるんです。もちろん苦痛でただダメもあります。そこの見分けです。これは何か客観的な基準ではなくて、トータルな人間力から下される判断です。普通の友人関係もパーソナルな関係でも同じですよね。
――専門家が私たちを導いてくれる、私たちはある意味委ねるくらいの姿勢でいいのでしょうか?
石川先生 それも必要だけれども、委ねなくていいこともあります。この線引きは難しいと思います。専門知識に基づいているから、専門家の語ることは常に当たるとは限りませんし、例外もあります。クライアントさんにはいつも「自分なりに感じたこと、今まで聞いてきて役に立つと思われることを申し上げているだけです。私とあなたの間にどうですか? という提案をここに置きました。これを取るかどうかはあなた次第ですよ」と話しています。「これはいいですよ」
と私が一生懸命に話した提案を取らないクライアントさんを、私は尊重するということです。その人が生きていくことで人生がどうなるのか。基本的に最後はすべて自己責任であると私は考えています。カウンセリングはその時、その人にとっていいかもしれないと考えられる材料を提案するだけで、それ以上のことはできないと思っています。

――ビジネスを提供する側と客の関係性において、客が “モンスター”
の如くひたすら強くなっています。これをいいとは考えませんが、カウンセリングの場面ではカウンセラーとクライアントは対等の関係ですか?
石川先生 それがいいんじゃないかと私は思います。専門知識を持っている部分では不均衡で、だからこそお金をいただきながらやるわけですけれども、生き方については専門知識に従う必要はまったくないですからね。そこは人間と人間が向き合っているということではないかと思います。そういう意味で最終的にカウンセリングを豊かなものにするための、クライアントさんにとってのコツは“自分の感性に従う”ことです。専門家に言われたことを「はい、そうですか」
と意味もわからずにありがたがる。これが必要なときもあるでしょう。けれども自分の生き方や心の深い部分に関する問題になったとき、それでは本質的な部分は何も変わりません。カウンセラーから言われたこと、聴いて気づいたことが
“あぁ、そうか〜” としっくり落とし込まれていく。このことが大切で、それは1人ひとりのクライアントさんの中で起こることだと思います。
――お互いが対等の立場にありながら、そのうえで専門家に導いてもらう、さまざまな意見をもらいながら最後は自分で気づき、納得する。やがて行動を変えていく。そこで従属的になるとクライアントは当然のこと、もしかするとカウンセラーも本質を見失うかもしれません。
石川先生 医学の延長上にカウンセリングを考える人は「先生、どうしたらいいんでしょうか? この方法は効くのでしょうか?」
となりがちです。それで目の前の問題が解決することはもちろんありますけれども、本質的な問題になっていくほど、ただ教えられて「はい、そうですか」
では立ち行かないということです。
――途中で別のカウンセラーに行かせてもらう。それが可能かどうかを事前に見極めるのは難しく、やはりプロセスに起きてくることと言えそうです。石川先生のクライアントがカウンセリングの途中で「チェンジしたい」
と話したときは?
石川先生 「どうしてそう思ったのですか?」
と聞きますね。自分との関係の中でカウンセラーに違和感があったから、当てつけとして変えることもあります。ただそれだけのために行くならプラスにはならない。そこに行くことが本人の純粋な動機で、本当にプラスになると感じているのか? そこを確かめて、私も本当にそうだと思えたら「行ってみたらどうですか?」
という形になります。そこで口ごもったり、心にわだかまりがあって逃げているだけのようなら
「そこをクリアにすることが、今は大切なんじゃないかなと思いますよ」と言います。
――基本は自分の直感を大切に、ですものね。
石川先生 話しやすい雰囲気だなと思えるような関係性が作れないと、なかなか思う通りにはいきません。
――どんなに良好な関係が築けていても人にはぶつかる瞬間がありますし、上がったり沈んだりすることもある。全部をひっくるめて、せっかくできた関係は自分にとって良いものとして続けていきたいですよね。
石川先生 カウンセリングの場で1番大事なのは、自分自身の問題に正直に向かい合っていこうとする姿勢をクライアントさんがきちんと出せることです。それに対してジャマをするのではなくて、プロセスをきちんと後押ししてくれるカウンセラーであれば、関係はどんどん良好になっていくでしょう。対して社交辞令的な言葉遣いや変な気遣いをしている。せっかくカウンセリングに来ているのに、それでは外の世界と変わらない。仮面をかぶって本当の自分を見せずにいるなら、何のために通っているの? となりかねません。外とは違う素顔の自分のままで、今ここにある問題や傷ついたことを正直に出していく。ただし“このカウンセラーはなんか信頼できないな”と思ったら、自分を出さないことも大切な判断だと思います。
――なるほど。出さないものが蓄積されていくと、やがては出せなくなるようになります。“出したくない”という気持ちになったら、そこが1つの終点であると考えた方がいいかもしれません。
石川先生 よそでは出せなかったものがこの人の前だったら “出せる” “出してもいいなぁ” “出したいな”
と思えるのが良いカウンセラーです。そんなカウンセラーに出会えたら最高ということですね。
――いま明確な基準が見えたような気がします。素の自分を素の相手に対して“出したいな”と思える、これがベストですベストですね。
・カウンセラーと過ごす時間がクライアントに“何か”をもたらす。そこに新たなスタートが
――素の自分の目を曇らせることがあるのが権威やカタチです。話が元に戻る感はありますが、カウンセリングの世界には1つの権威となる、国家資格はないんですよね。
石川先生 そうですね。国家資格を望む声は日本でも数10年前からあります。同時に反対論もあり、足を引っ張る人もいる。国の縦割り行政の問題も絡んでいます。異分野からの別提案、例えば
“医療心理師” という臨床心理士とは違う国家資格を制定する動きも出ていて、未だ混沌としています。
――
私たちにはまったくわかりかねることです。石川先生のお立場は?
石川先生 私自身はこの状況に賛成であり、反対でもあるという複雑な気持ちでいます。例えば臨床心理士を国家資格化すると、心理療法は独占事業になります。無資格者が「心理療法をやります」
と言えなくなって、知識のない人に引っかかっては傷つく多数のクライアントを救える可能性があります。これは大賛成です。しかしながらもう一方で大学院は出ていないけれども多くの人の支持を得て、いいことをやっている人が弾かれてしまうことにはやや心苦しい感じがあります。その人たちもカウンセラーと称してちょっとしたことができる寛容さ、多少の抜け道があるくらいの国家資格になってほしいと思っています。ただそうなったとしても、教育をきちんと受けた人とそうでない人がはっきり区分けされるのは、心理相談を受けたいと思っている人に明らかな指標ができるので、いいことではないかと思いますね。
――基本ラインが引けますよね。
石川先生 ただもう1つ危惧があります。心理学者として高名なユングやカール・ロジャースは「資格で計れるものではない」と最後まで資格化には反対していました。資格になると例えば保険の点数がついて、安定した職業になるかもしれません。それは素晴らしいことなんだけれども、安定にあぐらをかく、それを目指して勉強する人が出てきてしまう。本当の意味でのカウンセリングに対して、それがマイナスに働くこともあるかもしれないと私は少し危惧しているんです。人間は守られるとどうしても腐敗したり、緩む部分が出てきます。ある種野放図である方が、そこで頑張る人の数が増えるのではないか。乱暴な議論かもしれませんが、そういう考えもあり得ると思います。
――カウンセリングを受けるクライアント側が、そんな視線をほんのちょっと持っていることも大事ですね。
石川先生 そう思います。代々医者の家系で親に「やれ」と言われて、本当はやりたくないのにしょうがなくて医者をやっている人もたくさんいます。弁護士などは守られているうえに制度が変わって、なりたい人が群がった結果、質がかなり低下しているとも聞きます。国家資格化にマイナスは必ずあります。ですから私は賛成でもあり反対でもあるという微妙な考え方でいるのです。
――その微妙な考え方こそ、現段階でカウンセラーにふさわしいものと考えます。冒頭で人と対話する、話を聴いてもらうことこそ心の苦しみや悩みを解消・解決する最良の方法と書きました。石川先生のお考えはいかがですか?
石川先生 私はちょっと考えが違っていまして、自分で苦しみや悩みを抱えることもその人の大切な力になると思っています。インドなどの宗教的な伝統のある国では、自分の大切な胸の内は人にしゃべるよりもむしろ、神様に預けることが大切とされています。みな不完全な存在としての人間が、自分たちの根源である絶対的なものに対して自分を開くということですね。日本にも神様はいるんですけれども、人付き合いに重点を置く国なので人に話すことが多いのだと思います。
――実は私もまったく同じ思いを持っています。ただしそこへ行くと話が無限に深くなりますので、また別の機会に譲りましょう。今お話された日本人の重点に戻ると、やはりわかりやすいのは人と対話することになります。それも旧態然とした日本人のつながりではなく、ある意味ドライな関係でありながらも深くつながることのできるカウンセラーの存在が私の頭にはあります。カウンセリングの存在を初めて知ったのは、1980年代中頃に見たウディ・アレンの映画のワンシーンでした。ニューヨーカーは仕事を終えると、あるいはプライベートの時間にカウンセラーの所へ寄ってはさま ざまな話をして、胸のつかえを吐き出して帰っていました。専門家と相談者というよりは、むしろ気の合う友人の感覚ですね。あれから20数年経っていますが、日本のカウンセリング文化は未だ開かれたものになっていません。
石川先生 そうやって映画にもカウンセラーが出てくるアメリカは、スペシャリストを認める社会です。欧米ではスペシャリストが自分の専門分野に関する相談を受ける。1人ひとりの国民も専門家に委ねることが文化的に認められていますし、スペシャリストに対する尊敬も大きなものがあります。日本はどちらかというとスペシャリストよりもゼネラリスト、1つの会社に長年在籍する人ほど偉いと思われる文化があります。そこに「新しい職種のスペシャリストです」
と言って出ていったところで胡散臭い印象で受け取られることが多い。さらに 「メンタルを扱う」
と言うともっと胡散臭くて、病的な人が行く所という偏見もまだ払拭されたとは言い難いものがあります。今の質問の答えの背景にはさまざまな要素があるような気がしますね。
――これから時間をかけてカウンセリング文化が根づいていくのか、あるいは日本人はここが限界なのかと思うこともあります。
石川先生 スペシャリスト社会がいいのかどうかについては、また別の議論があるように思います。カウンセラーは本来は必要悪、いなくて済めば1番いいわけです(苦笑)。共同体の中でみんながストレスなく、1人ひとりの心も強く、わざわざお金を払って相談する必要がなければいいのですが、現状はそれとはほど遠い。人のつながりはいろいろある。けれども会社に本当に腹を割って話せる人はいない、家族にもいるとは言い難い。問題を抱えているのにだれにも話せず、ひたすら苦しい。だれに言ってもわかってもらえない状態になっているときには専門家としての精神科医やカウンセラーがそこにいる。現状ではこのことがもう少し認知された社会である方が、多くの人が生きやすくなるのではないかと思います。
――カウンセリングが文化としてこの国に根づくかどうかはもう少し時間がかかりそうですね。カウンセラーとクライアント両方のあり方が今後を決めていくのでしょう。そのとき日本人にとってスペシャリスト、専門家の括りであるのか、あるいはもう少し垣根の低い隣人的な存在であるのかは分かれ目になりますね。
石川先生 そうですね。そこは私もすごく迷っています。私の心理相談室ではコンセプトとしてスペシャリスト志向を出している感があります。そう言ってはなんですが、世の中の苦しむ人みんなを救おうと思ってもそれは無理です。地球を見たときにはあちこち苦しんでいる人だらけで、それもご飯が食べられない、今にも死にそうで命が危ないという、心以前の根本的なところで苦しむ人が圧倒的に多い。この時代状況のなかでのカウンセリングはある程度金銭的に余裕があって、生存や生活にそれほど差し迫った危機はないけれども心の問題が引っ掛かっているという、独特の層にしか働きかけられていない部分があります。それをわかったうえで、なるべく質の高いものをと考えてやっているのですが、もっとさまざまな形で、もっとフランクに人と接していくことによって1つでも多くプラスになることができたら、と心の中ではいつも思っています。
――まずは相対する2人の間で自然に形作られていく関係性こそ、ベストなのかもしれません。
石川先生 本来は自然に、それだけでうまくいけば一番いいんです。
――それぞれの専門家が心に何かを持っている。私たちにはそれが深みあるものとして自然に伝わってくるのでしょう。
石川先生 そうですね。むしろ専門家がいなくていい世界が理想、と私は思っています。
――それを言われたら、特に心理領域の専門家はほとんどいなくなってしまいます。
石川先生 そうなんですけどね(笑)。普通の人間関係の中でみなさんが自分の気持ちをうまく表現できて、バランスを取れていければ1番いい。それは理想であって現実とはかなり乖離しているんですけれどもね。
――先に言われた
“いなくて済めば1番いいのがカウンセラー”
の考え方、スタンスをお持ちの専門家は私たちにとって信頼に足る、敬うべき存在です。石川先生の相談室には年齢・性別・社会的な立場もさまざまなクライアントが来ているのでは?
石川先生 そうですね。それこそ会社経営者もいらっしゃいますし、今の世相を反映した非正規雇用の形で生活は苦しい、心理的な問題も苦しい人とさまざまにいらっしゃいます。その方については私はもっと安い料金でやりたい、仕組みを変えようかなと実は迷っています。ニュースにもなっていますが、年収200万円以下の人が1000万もいるという、日本にも貧困の問題がかなり出てきて、バブルの時とは様変わりしています。そういう人たちがもっと気軽に、安くできる相談所も必要と思い始めているところです。
――貧困だから心が貧しくなる。心が貧しいからもっと貧困になるという悪循環は止めたいですよね。
石川先生 ただし、一方でお金がある人が心が豊かかと言うとそれも違っていて、お金も時間もたくさん持っているんだけれども、心の問題を抱える人も多くいます。そういう人たちの料金は上げてもいいんじゃないかなと思っているんですけれどもね(笑)。
――たった1人、腹を割って話ができる相手がいるだけでホッとできる、救われる。なのに、それがいない。孤独の深淵に陥る人が無数に存在する、現代日本社会です。そこはバランスを取ってあげてほしいです。お金が幸福の基準ではないとしても、人はどちらにしても思い悩む存在なんですね。
石川先生 まったく思い悩んでない人はあまりいないでしょう。一定期間悩まない時期はあるかもしれませんけど、人はいろいろと悩むからいいんじゃないですか。
――そのレベルで普通に生活していければいいんですけれども、ほんの少し奥に入っただけで心が苦しくなったり、身体症状が現れる。そういう人には専門家が必要です。短時間のカウンセリング数回で良くなっていく人もいれば、ずっと続けている人もいる。いずれにしても先生と対面し、時間を共有して会話するということで良くなっていくのが基本ですね。
石川先生 私と会った時間がその人にとって1つのきっかけになっている、それだけだと思います。それ以上のことはできないですからね。心というのは、他人が勝手に変えられないところに面白さがあります。本人が周りからの刺激やヒントを得て
“あ〜、そうなんだ” と思う。“自分の心もそういうふうになったらいいなぁ”
と思ったところで、やっと少しだけ変わるくらいのものだと思います。
――それでも何かきっかけがなければその人に変わるチャンスは訪れにくいと考えたとき、非常に大事なものです。特に病状が出ていれば待ったなしですからね。
石川先生 そうです。
――お話がしにくい部分も多々あるテーマだったと思いますが、石川先生には大変貴重なアドバイスをいただきました。カウンセラーを探している人、カウンセリングに行ってみたいと思っている人たちに大きなヒントになったと思います。ありがとうごさいました。〔取材・2008年4月〕
石川 勇一先生
臨床心理士 相模女子大学人間社会学部人間心理学科准教授
1971年 神奈川県相模原市東林間生まれ
病院(精神科・心療内科)
で約6年、開業で約6年の合計12年臨床現場にあり続けながら、2000年相模女子大学に就任。
所属学会 日本トランスパーソナル心理学/精神医学会(常任理事・学術会員・トランスパーソナル基礎研究会世話人)、日本トランスパーソナル学会(一般会員)、日本人間性心理学会(正会員)、日本臨床動作学会、日本TFT協会(会員)
研究実践のテーマは、心・身体・魂(mind,body,spirit)へ働きかける統合セラピーの探求。対話心理療法、臨床動作法、思考場療法(TFT)、ヒーリング、瞑想法、催眠療法、タイ・マッサージ等を実践。三つのS(soil,soul,society)も重視し、具体的な霊性の発展にも関心をもつ。
著書 『こころがよくわかるスピリチュアル臨床心理学』(メディアート出版)、『自己実現と心理療法:実存的苦悩へのアプローチ』(実務教育出版)、『スピリチュアリティの心理学』(せせらぎ出版、分担執筆)
HP 石川心理相談室:http://www.kohrim.com/
石川研究室:http://www.sagami-wu.ac.jp/ishikawa/
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